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本当の豊かさとは
自宅のマンションの大規模修繕の部材がなく、現場が止まりそうだとか、沢山の建築関連会社が潰れるだろう・・と現場監督さんの話を聞けば聞くほど、今まで私はどれほど恵まれていたのだろうと実感します。沢山のものに恵まれ、何不自由なく生きている毎日は普通じゃなかったんだと、分からされる思いです。 それと同時に思い出すのが、セミナーで学んだ55の魂に響く言葉です。 その中に、「豊かさとは、財を築くことをいうのでない。豊かさとは、求めるものが少ないことをいうのである」エピクトテス(古代ギリシャの哲学者 西暦50頃〜135頃) 今ほど全然物がない大昔でも、このようなことを考えていたということに驚きました。 ということは大昔から人は、財に豊かさを求めていたということです。 そう思うと今も昔も人間の本質はあまり変わっていないのかもしれません。 本当の豊かさとは、自分の内側が満たされているかどうかだと私は思います。 そして自分の内側を自分で満たすというのは、財がなくてもできます。 色々変化のある現代の意味は、もしかしたら本当の豊かさに気づくための出来事なのかもしれないと

渡邊 優
4月25日
今を大事に生きる
今を生きなさい・・・ よく聞いたり、見たりするフレーズです。 私もそりゃ、今を生きるって大事だよね。と思っていましたが、最近その意味づけが少し変わってきました。 「今何を選ぶのかが、今を大事に生きること」だと思うようになりました。 朝祈りをあげる際「意を宣べる」という意宣りと、他者や先祖、天への「感謝の祈り」の、ふた通りの祈りを捧げるようにしています。 意を宣べる方の意宣りでは、自分は今日一日、こういう在り方を選びます。という宣言をし、一日を通して意識します。そしてそれができた時は、今日という一日が充実し、やり切った感が生まれます。 そしてできなかった時はそれはそれで振り返り、パターンであればワークをし、明日に活かす、ということを心がけています。きっとこういうあり方が、今を大事にすることに繋がり、自分を愛する行為なのだろうと思いました。 自分を愛するとは、自分を甘やかすのではなく、自分を律する行為だということです。 今日も、今を大事に生きていきます。 きっとそれが、生きるということ。

渡邊 優
4月24日
理事会
今週末に控えているマンションの理事会。 今回の議題は、今マンションで行なわれている大規模改修についてです。 あの足場をがっつり組んでネットで覆う改修作業です。 たまたま先日現場監督さんがいたので色々話をしたところ、材料が来ない、目処が立たない、いつまで、どこまでやるのか、ということを少し話しましたが、そのことを今朝は考えていました。 考えていてわかったことは、考えても答えは出ないということです。 大事なことは、今の現状をちゃんと把握して、そこへ対処していくことが必要だと思いました。 大体の予想をしたところで思考をやめて、あとは現状を確認し、皆んなで考えるのが一番だと思いました。 トラブルや問題は発生した際、焦ったり慌てたりします。 それは思い通りにならないことに対するパターンの反応だと思います。 しかし事実をきちんと把握してそこへ対処していくというのは、思い通りにしようとするのではなく、解決へ向かうための新たな在り方だと思いました。 事実に対してどう向き合うのか、そのことを今回のトラブルで学んでいる気がします。

渡邊 優
4月23日
良い人をやめる
良い人とはなんだろう・・・ あの人いい人だよね、あの人もいい人だよね。 私が思い浮かぶ人物像は、無害な人を連想します。 しかしこの良い人で在りたいパターンを見ていくと、私の場合、嫌われたくないとか、波風を立てたくないなどのパターンです。そのパターンでいるときは物事が曖昧になり、断るのを遠まきに言ってみたり、本当のこと、本当の気持ちを言わなかったりと、それは結局、狡さであり、自分が傷つきたくないだけなのだと思いました。相手を傷つけないでいるようで、実は自分が傷つきたくないだけ。 良い人をやめるということは、自他に対して誠実である、ということだと思いました。 嫌われてもいいからちゃんと断る、自分の本当のことを言っていく。そこには本当の優しさや誠実さが内包するのだと思います。 この真逆を散々生きてきただけに、これからはこちらを大事にしていきたいと思いました。 勇気を持って、良い人をやめる。 大事なこと。

渡邊 優
4月22日
愛とは・・・
去年京都に行った際、住職のお話を聞く機会があり、その時の住職の質問が「愛とはなんだと思いますか?漢字一文字で表せます。分かる人はいますか?」 そこにいた数名の方が手を挙げて、愛とは「受容」一文字じゃないですね。他に分かる方いますか? 愛とは「優しさ」・・・ 住職、違います。 愛とは「竹」です。 竹は地面の下で繋がっています。生えている竹は一見別々に見えますが、見えない地面の下では互いに繋がっているのです。見えている部分が今生、見えていない部分が仏の世界になります。 この世で人は互いに繋がっています。それを今生で体験するのが「愛」です。 そして、神道も、仏教も、キリスト教も、実は同じことを教えているのです。 という住職のお話でした。 私は住職はきっと、ワンネスのことを話しているのだとうと思いました。ですが私には体験がないので、腑に落ちることはありませんでした。 しかし、自分との関係は分かる気がします。それはパターンとの関係です。 パターンが信頼できる「私」であるかどうかが、最近とても大事に感じています。 パターンが信頼できる「私」になったとき、パタ

渡邊 優
4月21日
今日の学び
自分が今までパターンで生きてきたこと。 その中で人を傷つけたり、自分の欲を満たすために他人を利用したり、傲慢だった自分に気づいて償う。その償いとはどういうことかを、今日の先生との個人セッションで学びました。 それは、もう女性を利用しないということであり、同性とも戦わないということでもあり、大きな枠で捉えると、謙虚に生きるということでした。つまり、今までの生き方を改めるというものです。 きっと、自分が正しいとか、自分が上だとか、負けたくないなどのパターンではそこに気づくことができませんでした。そう思うと、少しだけそこから脱した自分がいて、本気で自分を変えたいという思いや、改めたいという思いが自分を後押ししているのだと思います。 これは反省とはちょっと違くて、胸の奥から沸々と湧き上がる思いです。 それがきっと、本当の「私」の在りたい姿なのだと思いました。 償いというと、直接相手に何かをするイメージがありますが、自分自身に償うということでもあります。自分に恥じない生き方そのものが、自分の魂のためであり、それが全体のためにもなるのだと思いました。 今日の

渡邊 優
4月20日
心の栞
昨日は茅ヶ崎の先輩の初舞台を見に行ってきました。 ここ一年ほど俳優スクールに通っていたらしく(全然知らなかった)その初舞台とのことで誘われて行ってきたのです。 その題名が「心の栞」です。 この題名を聞いたとき、なんて素敵な表現をするんだろうと思いました。 その内容は、誰にでもある遠い昔の心の記憶を思い出させ、懐かしくもあり儚くもあり、自分達の記憶と重なる、そんな素敵な舞台でした。 その舞台の中で印象に残ったセリフが、「他人の評価が怖くて震える日もあるけど、自分の心の声だけは自分で聞いてあげたい」というものでした。 私はこのセリフをい聞いた時、自分と重なると同時に、この台本を書いた人はきっと、自分の心の声を聞いて、パターンを救っているのかもしれないと思ったのです。 きっとこの方は誰に教わるでもなく、自分の心の声だけは自分で聞いて、自分を救っているのかもしれません。そこに、自分への愛を感じたのです。 その他にも、「子供の頃に飲んだ甘い麦茶」など、あ〜飲んだ飲んだ、あの甘ったるい麦茶。 舞台を観ながらで味まで蘇りました。 去年、松下政経塾の見学会に参加

渡邊 優
4月18日
新たなパターン
ここ最近ずっと考えていて、ようやくわかった私の新たなパターン、それが「他人からの賛同が欲しい」というものです。このパターンは、他人からの賛同を求め、それで自分を支えようとするものです。承認よりももっと強いイメージがあります。 そうすることでパターンは、自分はこれでいい、この自分でいい、そう思いたいのだと思いました。 なぜならば、自分で自分に賛同できないし、自分に自信を持てないし、この自分でいいと思えないから、他人にそこを埋めて貰いたいというものです。 このパターンに気づいたとき、そうか、自分自信に賛同できないということは、賛同できる自分にならなきゃダメだなと思いました。そもそも自信がないというのも、自分を信じられていないからで、パターンにそんなことを思わせていてはダメだと気づいたのです。 自分を信じられるのも、自分に賛同できるのも、日々の選択の積み重ねが自分に自信を与え、この自分でいいと、自分を好きになれる自分が、そこで育まれるのだと思いました。 そう思うと、パターンに対しては嘘も誤魔化しも通用しないし、どれだけ厳しく自分を律せられるか、それがパ

渡邊 優
4月17日
自分に生かしてナンボ
学とは、学ぶ側の姿勢で大きく変わるのだと思います。 きっとこれは全てに言えることで、仕事も、学びも、習い事も、受け取る側の意識の違いで、活かし方が変わってきます。 自分から取りに行くのか、待つだけになるのか、積極的か、消極的か、それだけでも自分への活かし方が変わってきます。学んだことを生かしていくのは、本人次第です。私も最近そのことをよく意識します。パターンでいるときはついつい楽な方に流れてしまうし、無駄な考えが浮かんでは消えます。 そんな時に役に立つのが、自分の姿勢です。 前向きになるというのは、パターンを無視することではなく、パターンを含めて自分はどうありたいのか。黒パターン側にいくのか、もしくは、白パターンのあり方で行動するのか。最近は、思考も行動の一つだと思うようになりました。 一般的には、思考を変えるのが一番難しいと言われています。だから使う言葉を変えたり、行動強制をしたりします。しかし、パターンが変われば思考も変わり行動も変わる。全てが自分の内側からの変化が最初だと思いました。 この内側の変化を助けるのが、学です。 その学をどう受け取

渡邊 優
4月16日
自分に恥じない生き方
自分に恥じない生き方をしたい。 最近強くそう思うようになってきました。 自分に恥じない生き方とは、生活態度を見直し、襟を正す。そして何よりも、白パターンを選んでそれを行動に移す。自分を見ていると、日々、一瞬一瞬が選択の毎日です。 思考も、行動も、心の在り方も、自分の選択で決まります。 それをパターンに任せずに、「私」で選んで決めていくということが、自分に恥じない生き方だと思いました。 自分に恥じない生き方、この選んで決めてを繰り返し、習慣にしていこうと思います。 その積み重ねに勝る努力はない。

渡邊 優
4月15日
私はそうは思っていないけど
語りかけにちょっといれる、「私」はそうは思っていないけど。 この一言で、我に返ったり、パターンとの距離がしっかりあるのがわかります。 パターンでいた時間が長ければ長いほど、意識はパターンと同一化しますが、この一言でパターンとの大きな隔たりを感じます。この距離感が、とても大事だと思いました。 今思い返すと、「私」がパターンに甘えていたのだと思います。意識的に生きることから、意志を強く持つことから、どこかで逃げていたのだと思うんです。 きっと、それが面倒だ、というパターンでもいたと思います。 面倒だというのは、いちいち自分を見ることに、自分について考えることにです。 それは、自分の内側が全て自分の問題であるということを、認めたくなかったからだと思います。 物事を他人のせいにできたら、自分が正しいままでいられますし、自分の非を認めなくても済みます。それはつまり、自分が傷付かなくて済むということ。 大事なことは、傷ついていいし、自分の非を認めてもいい。これが自分の問題であるということを腹に据えて、パターンとは違う視点で、自分はどうありたいのかと問い続ける

渡邊 優
4月14日
生きてるうちに
自分の魂の課題を生きてるうちにクリアーしたい。そう思います。 魂の課題、それは、自立、そして、パターンではなく「私」として生きる、「私」の資質を使って生きる、そして創造する。などが挙げられますが、まずは自立だと思っています。 ここでの自立は、自分のパターンを満たすために他人を使わない、また他人のパターンを満たしにいかないということです。私の場合、他人を褒めたり認めたりする場合、自分が褒められたり認められたいから、他人にそうするというのがあります。パターンは見返りを求めるんですね。そして嫌われたくないからというのもあります。パターンにとっての保身か、求めるか、そのどちらかが反応するわけです。それを使わないということです。それは、パターンにとっては不満かもしれません。しかし魂にとってはとても大事なことだと思っています。 嫌われてもいいから言ってみる、間違ってもいいから聞いてみる。 その在り方は、正直さや、誠実さや、勇気です。 そのあたりを生きてるうちに一つでもクリアーしたと思いました。 なぜ生きてるうちになのか。それは、肉体があった方がきっとパターン

渡邊 優
4月13日
黒い塊
私の中に、黒い塊があるのがわかります。 パターンの王様「全て思い通りじゃなきゃ嫌だ」というパターンです。 このパターンは、思い通りにならないと文句を言い、態度で示し、なんとしても自分の思い通りにしようと画策します。私の場合、クレームなどもその類に入ります。 このパターンが反応するときは、一瞬にして目の色が変わり、なんて言ったら自分の思い通りになるか、有利になるか、そうやってなんとしてでも自分の思い通りにしようとするのです。 最近はこのパターンが反応するとき、一呼吸おいてわかるようになりました。 今日もそのパターンが反応する機会があり、今パターンが今思い通りにしたがっているな、自分が損をしないように、ダメな自分だと思われないように、優位になるようにと考えているパターンに、何とか気づくことができました。 私の一番大きなパターンだけあって、力も、エネルギーも、他のパターンに比べると倍くらいある気がします。今までとは一味違う、新たな対峙の始まりです。 今回はこのボスパターンを、しっかりケアしていこと思います。

渡邊 優
4月11日
人として・・
最近、人としてどうあるかが、とても大事に感じています。 それは、経営者だから、役員だから、頭がいいから、顔がいいから、生まれがいいから、悪いから、育ちが、学歴が、などではなく、一人の人としてどうあるかです。 自分だけ良ければいいのか、とか、自分だけ満足できれば、助かれば、守られれば、安心できれば、面子が保たれれば、傷付かなければ、はたしてそれでいいのだろうか?と考えます。 そこでは、自分の面子は保てたとしても深く傷ついている人がいたり、自分が傷つかなかったとしても、他の人にその皺寄せが回ってきたりと、自分中心、保身ゆえの、周りに迷惑をかけることがあると思いました。自分を守ろうとすればするほど、他人の痛みがわからなくなる気がします。 だから、人としてどうあるかが大切に思います。 この在り方を考えると、他人も自分同様に大事な命ですし、魂です。 そう思うと、他人を雑には扱えないはずです。そんなことを考えました。 また保身の反対には、正直さや勇気があると思います。 人としてどうあるかは、こういったことを勇気を持って使っていくことのように思いました。 自分

渡邊 優
4月10日
温泉
一泊二日で両親を温泉に連れて行きました。 去年くらいから本格的に、病院やら買い物、車での付き添いや旅行など、できるだけサポートするようにしています。 正直なところ、両親に対するパターンをケアするまでは、そのようなことは全くしてきませんでした。 両親に対するパターンとは、もっと大事にしてもらいたかった、もっと愛されたかった、思い通りの両親でいてほしかった、などなど、もっと強烈なパターンもありますが、両親に対する不満を抱いているパターン達です。 それらのパターンは、怒りや不満、寂しさ、孤独感、自分は親のせいでこうなったんだと、恨みや憎しみを抱いていました。 今思えば、負の感情、恨みや憎しみで一番苦しんでいたのは、このパターン達だったのです。 そしてそのパターンでいた頃の私は、まさか自分が両親のサポートをするとは想像もできなかったです。むしろ、知るか!と思っていたに違いないです。 誰かを恨み、憎んで生きるのは辛いことです。 思い出しては怒りを抱いて不快になり、そこに囚われてしまう。 どれだけその感情を振り払おうとしても、その感情から離れることはできませ

渡邊 優
4月9日
諸行無常
諸行無常だとは分かっていても、桜が散るのはどこか寂しい。 もうちょっと、もうちょっとだけ咲いてて、というわけにもいかず、自然は分かりやすく諸行無常を教えてくれます。 そしてそれは自分にも、周りにも言えて、変わらないものは何一つないんだと実感します。 しかしパターンは変化を恐れます。自分が正しいと思えば思うほど、そこから動けなくなります(頑固になる)そう考えると、柔軟さがとっても大事だと思いました。 柔軟さとは、自分の受け取り方次第で物事の意味が変わるというものです。 最近はそのことを実感することが多いです。それまではパターンが瞬時に反応してたので、一方向での捉え方しかしてこなかったです。 舐められた、馬鹿にされた、見下された、あれこれ言われたくないなど、それらはプライドが許さない事ばかりであったなと。勉強会に出て思ったのは、全員が変化しているということ、しかも良い方にです。ここも諸行無常なのだと思いました。そしてそれは、それぞれが努力した結果なのだと。 この道は終わることはないので、変化し続けると思うのですが、今に満足せずに先を見ながら、続けてい

渡邊 優
4月7日
貴重な時間
昨日は道場仲間との勉強会でした。 普段の日常では、自分の内側で起こっている出来事や、パターンの話し、その上で気づいたことなど、自分について話す機会はほとんどありません。また意味もわからないと思います。 共通する理解や、パターンの違いや傾向、その一つ一つが、人は一人一人違うということを学ぶよい機会でした。私にとってのこの時間はとても貴重で、充実しているのがわかります。 それだけ日常の会話ではない内容です。 貴重なのは、分かってもらえるとか、理解があるとかではなく、精神的な話ができる機会だからです。 それも外側の情報ではなく、個々の内側で取り組んでいる話です。 普段は一人で考え、取り組む作業ですが、勉強会では各々が自分のパターンと向き合い、どうケアして、今後どうありたいかなど、新たな知恵や在り方が、一人では思いつかないことを学べます。 中立ワークも、一人で考えるより、四人で考える方が圧倒的に新たな意味づけが生まれます。 仲間と学ということは、そのような相乗効果があります。 これが、勉強会の醍醐味だと思いました。 貴重な機会と時間を共有して下さり、あり

渡邊 優
4月6日
相応しい人
自分に相応しい人と付き合いなさい、特にプライベートでは。 以前先生が仰っていた言葉です。当時その言葉を聞いたとき、私の中では違和感だけが残りました。 何だか他人を差別しているように感じたからです。 その言葉を最初に聞いてから恐らく10年ほど経ちましたが、最近その意味がやっとわかるようになってきました。 自分に相応しい人というのは、大事な自分のために、付き合う人を選びなさいという意味です。 少しでも自分よりも精神性の高い人、人格者、理性的、知的な人などです。そうすることで、少しでも自分のミームを上げる努力をするということです。 しかし、自分に相応しくないのにも関わらず、付き合う惰性での関係は、嫌われたくないからだとか、自分が認めらたり、受け入れてもらえたり、必要とされたり、愛されたりと、つまりパターンが満たされたり、もしくはパターンが不安になるからその付き合いから離れられないのだと思いました。 パターン優位の関係です。 そう考えると、どんな動機で人付き合いをするのか、それが大事なのがよくわかります。 自分に相応しい人、それは、自分を落とさないことで

渡邊 優
4月4日
両輪をバランスよく
今日は天気が良かったので、ゆっくりお花見をしてきました。 といっても、駅前の近くの公園ですが、家族連れや子供達で賑わっていてとてものどかな光景でした。 そんなのどかな光景を見ながらワークをして、今の自分を存分に感じていました。 内側という自分を見る目、そして外側で体験するという両輪が必要だと感じます。 内側だけでは、ただパターンに気づいただけで終わってしまう。 そして外側だけでも、求めるのが外側ばかりに偏ってしまう。 体験して自分のパターンに気づき、そして新たな体験に反映させるのがバランスとして丁度いいと思いました。 自分を再創造するというのは面白い試みです。 今の私の新たな試みは、素直であること。 素直さ、それがあれば何でも吸収できますし、あらゆることに挑戦して自分の人生を切り開いていけます。そこに、人生の醍醐味や喜びを感じられると思うのです。 そのための、ワークと体験。 最近はその意味がやっとわかってきました。

渡邊 優
4月3日
振り返り
今までの自分を振り返ると、様々な反応、考え、行動全てがパターンだったんだと思い知ります。 いい悪いを別にして、事実そうだったんだとです。 面白いのは、その自分に気づいていないということです。気づかないと変えようがありません。 そして、それで疑問なく世の中が回っているということ。 私も社会の一員として、それで過ごしていました。何の疑問もなくです。 ただ、幸せではなかった。常に悶々とし、誰か、何か、どこかに自分が満たされる何かがあるんじゃないかと信じていました。お金を得れば、素敵な人と出会えれば、家族がいれば、素敵な家にかっこいい車があれば、などなど、外側が揃えば幸せになれると信じていたのです。 自分の内側では、それで自分は認められる、信頼される、評価される、それで自分は幸せになれると思っていました。と同時に、外側と内側を満たすには比較が生まれます。そこでは必ず自分よりもできる人や劣っている人がいます。他人と優劣をつけて、心は忙しないままでした。 それが、どれだけ頑張っても幸せを感じられない正体だったのです。 しかし幸せというのは、自分で自分の心をケ

渡邊 優
4月2日
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