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黒い塊
私の中に、黒い塊があるのがわかります。 パターンの王様「全て思い通りじゃなきゃ嫌だ」というパターンです。 このパターンは、思い通りにならないと文句を言い、態度で示し、なんとしても自分の思い通りにしようと画策します。私の場合、クレームなどもその類に入ります。 このパターンが反応するときは、一瞬にして目の色が変わり、なんて言ったら自分の思い通りになるか、有利になるか、そうやってなんとしてでも自分の思い通りにしようとするのです。 最近はこのパターンが反応するとき、一呼吸おいてわかるようになりました。 今日もそのパターンが反応する機会があり、今パターンが今思い通りにしたがっているな、自分が損をしないように、ダメな自分だと思われないように、優位になるようにと考えているパターンに、何とか気づくことができました。 私の一番大きなパターンだけあって、力も、エネルギーも、他のパターンに比べると倍くらいある気がします。今までとは一味違う、新たな対峙の始まりです。 今回はこのボスパターンを、しっかりケアしていこと思います。

渡邊 優
2 日前
人として・・
最近、人としてどうあるかが、とても大事に感じています。 それは、経営者だから、役員だから、頭がいいから、顔がいいから、生まれがいいから、悪いから、育ちが、学歴が、などではなく、一人の人としてどうあるかです。 自分だけ良ければいいのか、とか、自分だけ満足できれば、助かれば、守られれば、安心できれば、面子が保たれれば、傷付かなければ、はたしてそれでいいのだろうか?と考えます。 そこでは、自分の面子は保てたとしても深く傷ついている人がいたり、自分が傷つかなかったとしても、他の人にその皺寄せが回ってきたりと、自分中心、保身ゆえの、周りに迷惑をかけることがあると思いました。自分を守ろうとすればするほど、他人の痛みがわからなくなる気がします。 だから、人としてどうあるかが大切に思います。 この在り方を考えると、他人も自分同様に大事な命ですし、魂です。 そう思うと、他人を雑には扱えないはずです。そんなことを考えました。 また保身の反対には、正直さや勇気があると思います。 人としてどうあるかは、こういったことを勇気を持って使っていくことのように思いました。 自分

渡邊 優
3 日前
温泉
一泊二日で両親を温泉に連れて行きました。 去年くらいから本格的に、病院やら買い物、車での付き添いや旅行など、できるだけサポートするようにしています。 正直なところ、両親に対するパターンをケアするまでは、そのようなことは全くしてきませんでした。 両親に対するパターンとは、もっと大事にしてもらいたかった、もっと愛されたかった、思い通りの両親でいてほしかった、などなど、もっと強烈なパターンもありますが、両親に対する不満を抱いているパターン達です。 それらのパターンは、怒りや不満、寂しさ、孤独感、自分は親のせいでこうなったんだと、恨みや憎しみを抱いていました。 今思えば、負の感情、恨みや憎しみで一番苦しんでいたのは、このパターン達だったのです。 そしてそのパターンでいた頃の私は、まさか自分が両親のサポートをするとは想像もできなかったです。むしろ、知るか!と思っていたに違いないです。 誰かを恨み、憎んで生きるのは辛いことです。 思い出しては怒りを抱いて不快になり、そこに囚われてしまう。 どれだけその感情を振り払おうとしても、その感情から離れることはできませ

渡邊 優
4 日前
諸行無常
諸行無常だとは分かっていても、桜が散るのはどこか寂しい。 もうちょっと、もうちょっとだけ咲いてて、というわけにもいかず、自然は分かりやすく諸行無常を教えてくれます。 そしてそれは自分にも、周りにも言えて、変わらないものは何一つないんだと実感します。 しかしパターンは変化を恐れます。自分が正しいと思えば思うほど、そこから動けなくなります(頑固になる)そう考えると、柔軟さがとっても大事だと思いました。 柔軟さとは、自分の受け取り方次第で物事の意味が変わるというものです。 最近はそのことを実感することが多いです。それまではパターンが瞬時に反応してたので、一方向での捉え方しかしてこなかったです。 舐められた、馬鹿にされた、見下された、あれこれ言われたくないなど、それらはプライドが許さない事ばかりであったなと。勉強会に出て思ったのは、全員が変化しているということ、しかも良い方にです。ここも諸行無常なのだと思いました。そしてそれは、それぞれが努力した結果なのだと。 この道は終わることはないので、変化し続けると思うのですが、今に満足せずに先を見ながら、続けてい

渡邊 優
6 日前
貴重な時間
昨日は道場仲間との勉強会でした。 普段の日常では、自分の内側で起こっている出来事や、パターンの話し、その上で気づいたことなど、自分について話す機会はほとんどありません。また意味もわからないと思います。 共通する理解や、パターンの違いや傾向、その一つ一つが、人は一人一人違うということを学ぶよい機会でした。私にとってのこの時間はとても貴重で、充実しているのがわかります。 それだけ日常の会話ではない内容です。 貴重なのは、分かってもらえるとか、理解があるとかではなく、精神的な話ができる機会だからです。 それも外側の情報ではなく、個々の内側で取り組んでいる話です。 普段は一人で考え、取り組む作業ですが、勉強会では各々が自分のパターンと向き合い、どうケアして、今後どうありたいかなど、新たな知恵や在り方が、一人では思いつかないことを学べます。 中立ワークも、一人で考えるより、四人で考える方が圧倒的に新たな意味づけが生まれます。 仲間と学ということは、そのような相乗効果があります。 これが、勉強会の醍醐味だと思いました。 貴重な機会と時間を共有して下さり、あり

渡邊 優
7 日前
相応しい人
自分に相応しい人と付き合いなさい、特にプライベートでは。 以前先生が仰っていた言葉です。当時その言葉を聞いたとき、私の中では違和感だけが残りました。 何だか他人を差別しているように感じたからです。 その言葉を最初に聞いてから恐らく10年ほど経ちましたが、最近その意味がやっとわかるようになってきました。 自分に相応しい人というのは、大事な自分のために、付き合う人を選びなさいという意味です。 少しでも自分よりも精神性の高い人、人格者、理性的、知的な人などです。そうすることで、少しでも自分のミームを上げる努力をするということです。 しかし、自分に相応しくないのにも関わらず、付き合う惰性での関係は、嫌われたくないからだとか、自分が認めらたり、受け入れてもらえたり、必要とされたり、愛されたりと、つまりパターンが満たされたり、もしくはパターンが不安になるからその付き合いから離れられないのだと思いました。 パターン優位の関係です。 そう考えると、どんな動機で人付き合いをするのか、それが大事なのがよくわかります。 自分に相応しい人、それは、自分を落とさないことで

渡邊 優
4月4日
両輪をバランスよく
今日は天気が良かったので、ゆっくりお花見をしてきました。 といっても、駅前の近くの公園ですが、家族連れや子供達で賑わっていてとてものどかな光景でした。 そんなのどかな光景を見ながらワークをして、今の自分を存分に感じていました。 内側という自分を見る目、そして外側で体験するという両輪が必要だと感じます。 内側だけでは、ただパターンに気づいただけで終わってしまう。 そして外側だけでも、求めるのが外側ばかりに偏ってしまう。 体験して自分のパターンに気づき、そして新たな体験に反映させるのがバランスとして丁度いいと思いました。 自分を再創造するというのは面白い試みです。 今の私の新たな試みは、素直であること。 素直さ、それがあれば何でも吸収できますし、あらゆることに挑戦して自分の人生を切り開いていけます。そこに、人生の醍醐味や喜びを感じられると思うのです。 そのための、ワークと体験。 最近はその意味がやっとわかってきました。

渡邊 優
4月3日
振り返り
今までの自分を振り返ると、様々な反応、考え、行動全てがパターンだったんだと思い知ります。 いい悪いを別にして、事実そうだったんだとです。 面白いのは、その自分に気づいていないということです。気づかないと変えようがありません。 そして、それで疑問なく世の中が回っているということ。 私も社会の一員として、それで過ごしていました。何の疑問もなくです。 ただ、幸せではなかった。常に悶々とし、誰か、何か、どこかに自分が満たされる何かがあるんじゃないかと信じていました。お金を得れば、素敵な人と出会えれば、家族がいれば、素敵な家にかっこいい車があれば、などなど、外側が揃えば幸せになれると信じていたのです。 自分の内側では、それで自分は認められる、信頼される、評価される、それで自分は幸せになれると思っていました。と同時に、外側と内側を満たすには比較が生まれます。そこでは必ず自分よりもできる人や劣っている人がいます。他人と優劣をつけて、心は忙しないままでした。 それが、どれだけ頑張っても幸せを感じられない正体だったのです。 しかし幸せというのは、自分で自分の心をケ

渡邊 優
4月2日
もう一つのワーク
昔の出来事や自分のしたこと、他人を傷つけたり裏切ったり。 今となっては、その人に謝ろうにも謝ることができないとき、その方があたかも目の前にいると想定して、実際に当時の出来事を謝る。というワークがあります。 最近ふとしたときに、高校のときのことを思い出したり、他人を傷つけたり裏切ったり、自分の思い通りにしようとして、他人を利用したことを思い出します。 「なんてことしたんだ自分は!」と、当時のことを鮮明に思い出し、血の気が引くような感覚がありました。自分のしたことをやっと分かった瞬間です。ずるさや卑怯さ、傲慢さ、その自分をわかっていなかったんです。それがわかった時に、サーっと血の気が引きました。自分は本当に最低なことをしたんだと・・・ 自分は正しい、自分の方が上だ、そう思っている以上、自分の在り方を振り返ったりすることはないかもしれません。しかし何の恩寵なのか、自分を知ることができました。そして同時に、これからの在り方も考えます。 もう二度と、自分のパターンを満たすために他人を利用するのはやめようとです。 後悔と再出発。それらを持って歩んでいきます。

渡邊 優
4月1日
幸せは外側にはなかった
私は一人暮らしが長いです。 離婚してから22年、ずっと一人暮らしで、時に無性に寂しくなることがあります。 そんな時、昔は友人と飲みに行ったり、一人でキャバクラに行ったりしていました。 しかし、いつの日か気づいたんです。全然寂しさが消えないと・・・ キャバクラに行ったり、外側で心の寂しさを埋めようとすればするほど、虚しさの方が勝ってくるのです。むしろこうしてブログを書いたり、ワーク(語りかけ)をする方がよっぽど心は落ち着き、静かになり、満たされます。 ということは、外側からでは私の心は満たされないということです。 それはつまり、幸せは外側にはなかったということ。 不思議なもので、外側に幸せを求めれば求めるほど 満足できず、見つかったとしてもそれはまたすぐに違うものを求めてしまう。外側に幸せを求めている以上、一生満足することはないと思いました。 もしかすると私が求めていたのは、内側の静謐さや落ち着き、自分への理解だと思います。 それらが真の幸せに繋がるのだと。

渡邊 優
3月31日
パターンか「私」か
黒パターンか「私」か、無意識か意識的か、惰性か主体性か。 自分がどっちに行こうとしているのかを、最近よく考えます。 黒パターンや無意識や惰性は今まで通りなので、そこに困難さはありません。寧ろ欲や甘えであったりと、黒パターンからすれば楽な道です。しかし「私」や意識や主体性には理性や意志力が必要となるので、慣れていない分困難です。 そこで思い出すのが、私はどう在りたいのかです。 パターンで生きたいのか、「私」で生きたいのか、理性的でいたいのか、本能的でいたいのかなどです。 自分を見ていて一番思うことは、人間、楽な方に行くのは簡単だということです。 しかし、本当に自分を育てたいのであれば、意志力や理性は必ず必要です。 私にはそちら側の筋肉がまだまだ足りないので、理性や意志力を使って鍛えていこうと思いました。 そう考えると、自分を育てるのにはあらゆる要素が必要になるのだと思います。 優しさ、強さ、厳しさ、自分への理解、赦し、忍耐や我慢も時には必要です。 母性から父性まで、あらゆるものが自分に備わっているのは、そういうことだと思いました。自分を育てるためで

渡邊 優
3月30日
パターンの甘え
先日、パターンのことを考えている時に、ひとつ気づいたことがありました。 そうか、パターンは「許される」と思っているのだ、とです。 自分は他人から許される、愛される、認められる、受け入れられる、大切にされる、必要とされる。 そういう人物だと、パターンはどこかで思い込んでいる。 しかし、現実はそうではない。 だからこそ、思い通りにならないとショックを受けたり、悔しさが出てくる。 認められないと腹が立ち、受け入れられないと傷つく。 傲慢でありながら、同時にとても弱く、我儘でありながら、いつまでも満たされない。 まるで子供のように、内面は忙しく揺れ続けています。 自分の中にある甘えや驕りの正体を見たとき、力が抜けるような溜め息が出ました。 これが、まごうことなき現実の自分か、とです。 現実の自分を知るというのは、パターンにとっては残酷です。 なぜなら、自分はそうではないと思っていたり、見たくないもの、知りたくないものを、突きつけられるからです。では、誰がその残酷さを感じているのか。 それは、「わかったつもりでいるパターン」「できたつもりでいるパターン」達

渡邊 優
3月29日
比較
先日ネットを見ていると、「他人と比較して辛い」という記事が目に止まりました。 これは私にも多々経験があり、とても共感できます。 他人との比較で自分が劣っていれば、自分をダメだとみなして辛くなり、 逆に優っていれば、安心感や優越感を得る。そんな構造です。 しかし、この「比較」というものも、プラスとマイナスの意味づけができるのではないかと思い、整理してみました。 比較 + パターンが比較していることに気づく/比較して辛い気持ちがわかる/自分の現在地点を知る/見習う/参考にする/学ぶ機会になる 0 ただ一つの事象 - 優劣をつける/卑しい行為とみなす/自己嫌悪になる/認めるのが辛い/苦しい/落ち込む/がっかりする/エゴ/パターン 最初、私はマイナスの意味づけばかりが浮かび、プラスの意味づけを考えるのに苦戦しました。 ということは、それだけパターン側に寄っていたということです。 そして気づいたのは、同じ「比較」という一つの事象でも、両方の意味づけができ、どちらも選択できるということでした。ここに、可能性や自由さがあります。 パターンから見れば、比較は辛く

渡邊 優
3月28日
自分が変わるということ
2〜3日前の出来事です。 海の中で遠くから、「お〜い、下向いているぞ!」と声をかけられました。 その方は、茅ヶ崎の海で知り合った先輩で、ビーチクリーンの会合にも声をかけてくださった方です。 その方が遠くから私が波に乗っているのを見て、アドバイスをくれたのです。 そして、全く同じことを二年ほど前にも言われたことを思い出しました。 その時は「パターン(あれこれ言われたくない)」が反応して、大して上手くもないのに、言われたくないよ……と内心思っていたのです。 そのことを、鮮明に思い出しました。 そして今回、特にパターンが反応する様子もなく、むしろ「そうか、下を向いていたか。次はもっと視野を広く持って、進行方向と波を同時に見よう」と、自然に意識することができました。 二年前は、パターン優先でアドバイスを聞き入れることができませんでした。 今思えば、随分もったいないことをしたなと思います。 なぜなら、その一言で、自分では見えていなかった自分に気づき、改善に繋げることができたからです。そう思うと、素直にアドバイスを受け入れることの大切さを、今になってようやく

渡邊 優
3月26日
最近の語りかけ
最近は、「嫌われたくない」というパターンに語りかけをしています。 このパターンをさらに見ていくと、実は「力のある人に嫌われたくない」ということに気づきました。 ここでいう力のある人とは、自分より上の立場にいる人、権力や影響力を持つ人のことです。 一人では生きられない、一人では自分を支えられない。だから、自分より力のある人の下で安全を確保しようとする・・そんな働きがあるパターンです。 だからなのか、気になる人を目で追ってしまうとき、その視線はどこか「顔色をうかがう」ものになっています。力のある人に嫌われたくない、という前提があるからです。 こうして自分を観察していると、パターンの意識は必ず行動に現れるのだと思いました。 焦りや不安を抱えながら、どこか怯えるように人を目で追っている、それがパターンでいた自分の姿でした。 今はこのパターンのケアをしていますが、先々には「自立したい」という「私」の思いがあります。 他人から離れて、自分で自分を支えられる自分、自分で自分を守れる自分です。 そこに向けて、白黒ワークと現実の実践に繋げていきます。

渡邊 優
3月25日
普通の幸せ
先日のデュオコンサートの会場のすぐ近くに、「やなか銀座」という商店街があります。 戸越銀座と同じく町おこしに成功した場所で、通りには揚げ物屋さんや日本らしいお土産屋さんが軒を連ねています。 歩いていると、外国人の観光客から地元の方々まで、老若男女が思い思いに楽しんでいて、その場にいるだけで自然と活気が伝わってきます。 昭和の匂いがしてどこか懐かしく、開かれた雰囲気のある、とても賑やかな商店街でした。 そんな商店街を皆んながビール片手に、思い思いのつまみを持って飲み歩きをしていました。 その商店街を歩いていると、不思議と幸せな気持ちになりました。 「ああ、普通っていいな」と、自然に思えたのです。 これまで私は、特別であること、すごくなること、勝つこと、上に行くことこそが幸せだと信じていました。けれどその裏側には、負けたくない焦りや恐れ、特別でない自分への劣等感が常にありました。 しかし、普通であることを認めて、ただ普通に生きる。 そこには、特別になろうと気負う必要も、誰かと競って上に行こうともがく必要もありません。 普通でいられること。...

渡邊 優
3月24日
素敵な週末
昨日は、友人の奥様がデュオコンサートを開くとのことで観にいってきました。 バイオリンとピアノの音楽に体を預け、心地よいひとときでした。 特に面白かったのは、MCの中でショパンが、マオルカ島で彼女のジョルジョサンドと、とても寒い土地でこの曲を作ったことや、ジョルジョサンドの故郷、ノアンの地では、愛する人と安心して曲作りをしていたことなど、曲の背景を説明してくれたことです。 その話の後二人の演奏を聞くと、とても想像力を掻き立てられ、曲の背景と演奏が相まって心に沁みてくるものがありました。ただ聞くのと、背景を知って聞くのとでは、また一味も二味も音楽に深みが増すようでした。 ショパン=すごい人、超人、のようなイメージがありましが、そんな人間的な背景を聞くと、グッとショパンを身近に感じ、そういった人間味が曲作りに反映されているのだと思いました。 私は、そういった背景を見たり聞いたりするのが好きなのだと思います。 それを聞くことで、当事者の思いや心の琴線に触れる気がするんです。だからか、といった理解が、人との距離感を近くさせる気がするからです。 そんなことを

渡邊 優
3月23日
音を楽しむ
昨日は神奈川フィルハーモニーの交響曲を観にいってきました。 流石のオーケストラ、迫力があって面白かったです。 私が目を奪われたのは指揮者です。とても楽しそうに体を弾みながら指揮をしていました。 全奏者に向き合い、タイミング、強さ、弱さ、その強弱を体全体で表現して、その表現に合わせて奏者の体と音が一斉に動くんです。 以前ピアノの先生が音大で一番難しいのが、指揮課と作曲課だと話していました。 どちらも変態の領域だと。それほど音楽に詳しくて、あらゆる楽器を見聞きできるセンスが必要らしいです。その話を思い出して、だからあの指揮者はあんなに楽しそうに指揮をしていたんだと納得しました。それほど音楽が好きなのが伝わってきたんです。終始笑顔でもいました。 ピアノを始めてよかったなと思うのは、こういう知らない世界のことに興味を持ったり、教えてもらえることです。クラシック音楽に全く興味がなかった私ですが、最近は随分音楽が好きになってきました。 音楽とは音を楽しむのよ。先生の口癖です。 こうして、聞いたり、自分でもやってみたりと、楽しみが広がるのが、音楽のいいところだ

渡邊 優
3月21日
魂のためにできること
魂のためにできることは何だろうと考えていました。 芸術に触れたり、詩や良い本を読んで感受性を育てたり、ワークをし、セミナーのノートや資料を見返したりと、それらは全て自分よりもミームが高いものです。そうやって少しでもミームの高いものに触れていくことがとても大事だと思いました。 その他にも、魂のためにできることはあると思います。 運動もそうですし、良い音楽を聴くのもそう、良い食事をするのも、呼吸も、香りも、自然に触れるのもそうです。そう考えるとまだまだあると思います。 あれこれ考えずにやれることは沢山あると思いました。 今日はこれから神奈川フィルハーモニー 管弦楽団のコンサートを観にいってきます。 今どんな気持ち?を大事にしながら、全身で感じてこようと思います。 魂のためにできること。 それは大きなことではなく、日常の中のあるあらゆる質を上げることだと思いました。

渡邊 優
3月20日
戦争は怖い
以前ほど情報に振り回されなくなったと言えども、それでも戦争は怖いと思います。 普通の民間人、幼い子供や女性が命を落とし、そこへの人間の情緒があまり感じられません。人の命が軽んじられている気がします。そこが戦争の怖いところだと思いました。 実際私が怖いと感じるのも、「戦争は怖い」というパターンで、自分にも火の粉がかかるんじゃないか、影響が及ぶんじゃないか、命に関わるんじゃないかと、パターンは怖がります。それはそうです。映像で見せられたら誰だって不安や恐れは生まれます。これも一つのパターンなので、ありのままの自分を見て、ケアをしていこうと思いました。 そして私にできる事といえば、自分の内側を整えて、平和を祈るのみです。 日々のやることをしっかりやって、あとは天に任せるのみ。 パターンが騒ぐ時だからこそ、自分の中をしっかり見て、整えていこうと思います。 外よりも自分の内側、そこに私の在りたい本当の姿、覚悟と強さの源泉があると思いました。

渡邊 優
3月19日
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