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二日間を終えて
茅ヶ崎セミナーの二日間を終えて、まだ頭がぼーっとしています。 今まで通り内容も多く、深く、より個人的に、そして現実的になってきている感がありました。 個人的には、ただやるだけ。 パターンではなく、「私」でやっていくだけです。 不思議だなと思うのは、自分を見て、自分の問題に取り組むというのは、それをしなくても生きて行けるのに、なぜそれをわざわざしたいのかということです。 きっと色々な設定のある中で今生こそは、自分の問題と向き合おう、ちゃんと生きてみよう、そんな風にして決めてきているのではないかと思いました。 自分の問題、課題と向き合いつつ、パターンはそのままでいい。 それを忘れずに、取り組んでいこうと思いました。

渡邊 優
18 時間前
変わらなくていい
そうだったそうだった、パターンに対しての在り方は、変わらなくていいです。 ついついパターンに対して別のパターンが、パターンを変えようとします。 パターンは、自分は変わらなきゃいけないと思って、変われないパターンに対してストレスになるのです。なぜなら、変われたら楽になれるだろうし、自由になれるだろうし、それが成長だからだと、パターンは思っています。変わるのが成長だと信じていたんです。私の中ではよくある落とし穴です。 正しいか間違いか、上か下か、進歩か衰退か、そのような今までの価値観で捉えると、変わらなくていいという在り方はあまり馴染みのないように感じます。その私も必死に変えようと知ってましたし。 ということはですよ、パターンは自分は正しいと思っているから、他のパターンを変えようとしているのだと思いました。 どのパターンも変わらなくていい、変化するのは「私」の方です。 それは、パターンに気づく目、パターンに対する理解や優しさ、厳しさ、そのようなリーダーシップを用いて、パターンに、今まで通り変わらなくていいと接していくのです。 まずは私の中の、「変わら

渡邊 優
3 日前
灯台下暗し
自分を嫌う時、私の中で嫌っている主体は、プライドというパターンじゃないかと思いました。 自分はできていると思っているパターン、わかっていると思っているパターン、上だと思っているパターン、そんなプライドというパターンが、現実の、できていない、わかっていない、上ではなかった現実の自分を突きつけられたとき、こんな自分はもう嫌いだと、パターンがいうのです。 去年今年と、プライドが壊れる場面が何回かありましたが、壊れるほどに、このプライドが自分はダメだと、自らを嫌ってきたのがわかります。 そしてこの、私のプライドという課題ですが、先日友人との会話でその話になりました。 自分の内面的課題はプライドなんだと話したところ、それってみんなわかっていることじゃない?と言われたのです。 ええええ〜? 皆んなはわかっていたけど、わかっていなかったのは自分だけ? しかも自分はプライドが高いとは思っていなかったのが、なんとも滑稽でした。 灯台下暗しとは、まさにこういうことだと思います。 見えないところがないように、足元の影までしっかり照らす「私」を目指します。

渡邊 優
5 日前
老化現象
ここのところ体調不良で少し日記を休んでいました。 体の自分の状態を見ていると、食欲不振、不眠、突然の発汗、やる気が出ない、男性機能不全、動悸息切れ、などの症状をAIに聞いてみると、この症状で当てはまる病名は、男性の更年期障害だとのことのことでした。 気づかないうちに、自分も歳をとったんだな〜と思いました。 特に50代だと、男性ホルモンの減少で体が変わるときに、このうな症状が出る人がいるらしいです。 不眠も毎日だとちょっとしんどいので、近々、近所の医院に行って診てもらってきます。 しかし歳をとるとは、目が悪くなったり、体力が低下したり、気力が落ちたりと、身体から精神まで、色々と変化があるのだと実感しました。頭ではわかっていても、いざなってみると自分の状態に不安を感じたり、慣れない体の状態にイライラしやすくもなるので、更年期が辛い、という語りかけを作ってみようと思います。

渡邊 優
6 日前
亀
今朝びっくりしたことがありました。 海岸線を自転車で走っていると、134号線の中央分離帯から大きな亀が突然飛び出してきたのです。私はこのままでは亀が車に轢かれてしまうと思い、歩道の信号が青に変わった瞬間に亀を捕まえて、勢いよく松林に逃しました。 亀って、想像そていたよりもずっと足が早いんです。本人もマズイと思ったのか、怖かったのか、あんな機敏に動く亀を私は他に知らないです。しかもガメラみたいでカッコ良かったです。 そして一連の出来事が終わって、人間て勝手だなと思いました。 なぜなら、亀がいようが車は関係ないですし、まるで自分の道、自分の地球のような気になっていると思ったんです。でも実際は自分のものじゃない。 私もそうですが、自分中心で物事を見るクセがあるので、人間の傲慢さや驕りには注意しなければいけないと思いました。 そう考えると、この地球を作った方はとっても気前がいい。 なぜなら、大概のことは許されるのだし、色々与えてくれるから。

渡邊 優
7月4日
上を向いて
もしかしたら〜と、マントラを唱えるとき、白パターンをじっくりと感じるとき、上を向いて、まるで今の自分のエネルギーがそのまま放たれるような感覚があります。天に向かってエネルギーを届けるような、そんな感覚です。 そしてもし、出したエネルギーがそのまま戻ってくるのなら、それはいいエネルギーを出した方がいいのではないかと思うんです。よく、自分のやったことは返ってくるとか、類は友を呼ぶとか言われますが、それは自分がどんなエネルギーを出して生きているかということだと思います。 だから、自分たちの出すエネルギーは大事だと思いました。 黒パターンのエネルギーか、白パターンのエネルギーか、それはもう体験済みなので、どちらを選びたいのかはわかります。あとは黒パターンに流されずに、白パターンをしっかり選んでいく、時間はかかっても、選んでいく、上を向いて。

渡邊 優
7月2日
自分のパイプと他人のパイプ
他人のパイプに入らない、自分のパイプに他人を入れない、そのことの意味を考えていました。 それは、他人のパイプというのは他人の課題で、その人の問題集です。そして自分のパイプは、自分の問題集です。その人だけの、その人に用意された大事な問題集。 そう考えると、それぞれのパイプというのはとても個人的で、本人にしかわからない、こだわりや囚われがあるのだと思います。それが天と繋がるパイプを詰まらせているのなら、しっかり掃除をする必要があります。天と繋がるためにです。ということは、それだけ尊重されるべきものだと思いました。 自分のパイプに他人を入れたくなったり、他人のパイプに入りたくなる時は大概が、前者であれば一人で自分を支えられなかったり、寂しかったり、不安だったりとですが、後者はこちらが見ていられなかったり、もしくはこちらに損害が被らないようにとです。 結局どちらもパターンで、自分のためにやることがほとんどです。他人のパイプに入らない、自分のパイプに他人を入れないとは、それをしないということ。 つまり一人で自分の課題をやっていくとは、生きることそのものなん

渡邊 優
7月1日
パターンという、子供であった
私は自分が、自分で自分の面倒を見れない子供だったと、気付かされます。 それは、自分のパターンの面倒も見れない子供だったということです。 「思い通りじゃなきゃ嫌だ」という私の強いパターンは、思い通りに物事が運ばないとき、その対象を、思い通りになるように変えようとします。 自分自身さえも思い通りにならないとき、今度は思い通りにならないパターン達を変えようとします。しかし、パターンの持つ性格は変わらない、変えられないパターンを変えようとするから苦しい。 自分に対しても他人に対しても、争うから苦しいのだと思います。 それでも、そうやってパターンが一生懸命生きてきたことに、何だか同情します。自分の今までを考えても、パターンは実力以上のことをやってきたから、不安と恐怖の中で、一生懸命だったからです。 語りかけの中にある一文に「これからは私が守っていくよ」とありますが、その通りだと思いました。 王である「私」と、王に守られる側の子供のパターン達。 これからは王である「私」が考え、決定し、行動します。 そして子供達には、休んでもらいます。

渡邊 優
6月30日
パターンは変わらないけど
この学びをしていると、了見がが広がるというのか、ものの見方が変わるというのか、自分への執着が薄れるというのか、ほんの少しづつですが、そういったものを感じられます。 今までは自分が一番であったのが、そこへのこだわりがいつの間にか薄れ、この自分という人間がいかに良い塩梅に生きていけるか、ストレスを感じながらもスムーズに生きていけるか、そういったことがいかに大事かを教えられます。それはパターンを満たすことでも、蔑ろにすることでもなく、パターンに頼らず、「私」がどうあるかに帰結します。 パターンはどうしても目の前のこと、そして自分のことにとらわれます。 それは、パターンが子供で、そういうものだからです。パターンの生存本能です。 しかし「私」は、自分のことも、全体のことも同じように大事で、そして自分も全体も、よりよい未来になるように考えるのです。全員が自分を生きられたらいいなとです。 領域が変わるとは、こういうことだと思いました。 意識の拡大や、認識の変化だということです。 そしてこの意識の領域というのは誰にでもあって、その領域を変えるための学びなんだと思

渡邊 優
6月29日
自分は上だというパターン
自分は上だというパターン。 もう随分長く、それがパターンだと気づかずにいたパターンです。 なぜなら、会社経営もやった、M&Aもした、収入も増えた、だから自分は上だというものです。 自分で書いていても恥ずかしいです。 きっと私は、会社などをやらなくても、このパターンは変わらずにあったと思います。 若い頃からの自分を考えれば、それは容易にわかります。それは、小さい頃からの自分の性格です。 我儘で自分勝手、思い通りじゃないと不貞腐れる、典型的な子供のパターンです。 パターンでいるということは、子供のままでいることだと思いました。 最近思うのは、大人というのは、自分に対して自覚のある人のことだと思います。私もそうですが、パターンでいるというのは、自分をわかっていない状態です。パターンは子供なので、近視眼的で、自分を知らず、知恵もなく、トラブルに滅法弱いです。だから、自分と自分の人生を開拓できる柔軟性や強さが必要になってくるのだと思います。 自分は上だというパターン。この反対に何の白パターンを持ってくるか、自分は上ではない。 そう、上ではない。

渡邊 優
6月28日


JAXA見学
昨日は相模原にあります「宇宙科学研究所JAXA」の見学にいってきました。 宇宙、ロケット、人工衛星という、ロマンの塊のような場所です。 そして意外だったのが、ハイテクとローテクの融合です。 ロケットや人工衛星を考えると、見たこともない最高の素材に、最先端の技術が注ぎ込まれていると思われますが、確かにそうなのですが、カーボンにアルミとコルクといった、木材というとてもオーソドックスな素材がロケットの周りには使われています。そのコルクに不燃性の塗料を塗って、空気との摩擦で燃えないようにしているとのことでした。そしてそれらの日本の技術は、実は最先端をいっていたということです。 こちらはロケット先端の内部なのですが、上には人工衛星、その下は燃料で、ロケットの9割が燃料とのことでした。そしてその燃料も実は、日本の固体燃料が一つ頭を抜けていて、さらに固体燃料をコントロールする技術が、他国にはなかなか真似できないところのようです。 こちらは実験棟で、月の砂に模した場所で、離着陸の実験や、車(ローバー)の動作の実験をするそうです。 こちらは様々な人工衛星、昔はとて

渡邊 優
6月27日
まっすぐに
最近、原田マハさんの小説に凝っているのですが、この方の文章がとても綺麗で、言葉がすっと入ってくる感覚があります。 その中でも「まっすぐに」という5文字のフレーズがあるのですが、行動ではなく、意識がまっすぐ見ている、向いている、やっている、まっすぐな思い、このまっすぐに在る、というのがとても心地よく、本来の「私」も、そうありたいのではないかと思いました。 まっすぐというと、雑念のない、一点だけを見て、純粋、確信、夢中、などを思い浮かべます。 このような状態が、まっすぐにある状態だと思いました。それはなろうと思ってなれるのか、はたまた気がついたらなっていたのかはわかりませんが、まっすぐでいられるのは、私にとって理想の状態です。 本当にまっすぐな時というのは、ただそのことだけを見て、そのことに向き合い、そのことをやっているだけです。結果がどうなるのか、人からどう思われるのか、自分は正しいのか間違っているのか、そういった思考やパターンさえ、どうでもよくなりそうです。 私はそんなまっすぐさに憧れます。 憧れだけではなく、そうありたい。 真っ直ぐに、自分を見

渡邊 優
6月25日
逃げずに一人でやる
最近のマイテーマは、逃げずに一人でやるです。 自分の課題に取り組む際、肝に銘じるようにしています。 不愉快なパターンに飲まれると、そのパターンから逃げたくなるし、他責にしたくなります。 「あの人のせいで自分はこんなに不愉快なのだ」とです。そして、誰かにこの不愉快さを解ってもらいたくなる。この一連の流れを、一人で完結させるのです。 不愉快な思いを解ってもらいたいパターンがいて、それを見て解ろうとする「私」がいる。 そしてそのパターンに対して、そのままでいいとする「私」がいて、今後の在り方(白パターン)を決め、選ぶ「私」がいる。内側で起こっていることの全てを「私」が感じて、今後の自分を決定していく、それを一人でやるのです。 誰の賛同も得ずに、自分のためにやっていく。何だかとっても豊かなことをしている気になります。 今までは、世間体や社会での自分の立場を気にして生きてきました。 どう在るかよりも、地位やプライドの方が大切だったのです。自分が上であること、優位性があること。そのためなら、手段さえ選ばなかったかもしれません。 しかし最近は、そんな地位やプラ

渡邊 優
6月24日
悔いを残す
先日のピアノレッスンで、これは「あれこれ言われたくない」パターンだと頭では分かっていても、パターンは私の意思とは関係なく自動的に反応しました。 ピアノのレッスン中はガンガン言われます。パターンが騒ごうが、理解が追いついてなかろうが、手拍子と共にどんどん進みます。ですから「今日のレッスンはもったいなかった!」と思うことがあります。それは、パターンだったと後から気づくことです。パターンは反応してストレスを感じるのですが、レッスンについて行くのに必死で、黙りなさいや、もしかしたら〜の白パターンをその場で選びかえることができなかったことです。 それが、悔やまれるとことでした。 自分の中で起こっていること、それをそのまま受け止めて、選び変えていく。 それが自分で自分にできる、最初の創造なのだと思います。そう考えると創造主を人はやりたいのだと思う。 また次パターンが反応した際は、悔いを残さず、新たな白パターンを選んで、創造していこうと思います。

渡邊 優
6月23日
全ては練習
あらゆることが、練習ありきなのだと思うようになりました。 最近、私の苦手な開示であったり、人前で話すことや、質問や意見をすることを、鏡の前で練習しているのですが、よく考えると、ピアノもスポーツも、ブログも、勉強も自己探究も、何もかもが練習ありきだと気がつきました。寧ろ、練習したことしか現実ではできないのです。 なぜ苦手とすることを練習してこなかったのか、それは、苦手だから。笑 苦手な自分を認めたくないから、失敗したくないから、惨めな思いをしたくないから、だから向き合ってこなかったのです。それと、「自分は正しい、できている」このパターンでいたのも、苦手なことに向き合わなかった原因です。このパターンでいると、現実の自分が見えないどころか、間違った自分を認識します。最近はこのパターンでいたことに気づけたのも良かったです。 何も分かっていないしできていない、だからこそ、自分にできることをやっていこうと思えました。 気づいてしまった以上やるしかない、全ては練習です。練習あるのみ。

渡邊 優
6月22日
安心は外にはない
将来への恐怖や不安を覚えるパターンがあります。 私のこのパターンは、自分ではやっていけない、一人では無理だとして、グループや他人に安心を求め、依存します。そしてそのグループの人たちや他人の顔色を伺い、今度はその仲間から排他されないかと、不安と恐怖を覚えます。いずれにしても、不安と恐怖は形を変えて現れます。 最近思うのは、安心は外にはないということです。自分で作らないといけません。 一人でいられる自分を、一人で歩ける自分を、パターンを支えられる自分を、パターンが安心でき、信頼できる「私」を育てる必要があるのだと思いました。 本当の意味での安心や安寧は、自分の中に作るしかない。 だからいいと思いました。自分次第ということは、シンプルにやればいいということ。 自分に可能性を感じます。それがいい。

渡邊 優
6月20日
整理整頓
今日は語りかけの整理をしていました。 沢山ある語りかけのうち、似ているものを一緒にしていこうというものです。 例えば、他人が怖いと、他人の評価が怖いを一つにする。そうすることで効率も良くなりますし、統一されたようでスッキリします。 そんな語りかけ軍を改めて見ていました。 自分にまつわること、他人にまつわること、過去、未来、あらゆることに恐怖や不安、もしくは不満を抱き、悲しみや寂しさも孤独も感じる、そんな沢山のパターン達に語りかけてきた歴史を見ました。 この一つ一つが、きっと無駄じゃなかったんだろうと思います。 語りかけで自分の傾向を知ることができましたし、パターンを救えたこともあったと思います。 またパターンの渦中にいるときは、自分がパターンでいることに中々気がつきませんが、我に返ったときに初めて自分がパターンでいたことに気がつき、愕然とします。この繰り返しの連続でした。 きっとこの繰り返しはこれからも続くだろうと思いますが、加えたいのは、白を選び切るというところです。今までの自分はここが弱かった。 もしかしてや、黙れを繰り返しつつ、白パターンの

渡邊 優
6月19日
自分を知れば知るほど
自分を知れば知るほど、自分のことさえも分かっていなかったことを痛感します。 寧ろ、自分よりも先生の方が自分のことをわかっている。当然だと思いました。そうじゃないとカウンセリングはできないなと。そう考えると、私は全然わかっていないし、まだまだだと実感するのです。 成長について考えた時、一般社会では、出世したり、年収が上がったり、新たな地位を得たり、もしくは資格を取ったりと、こうした外側の変化が成長と見なされることが多い です。 しかし道場で大切にされていることは、理解力が深まったり、思考力が育ったり、物事を多面的に見る力や、自分のパターンに気づくこと、自分を知ること、人や世界を深く理解するなどの、洞察力などを内的な成長として捉えます。 ということは、成長とは、何かになること以上に、物事を以前より深く理解できるようになることだと思いました。それは外側は変わらなくても、世界や自分への見方が変わることだと思います。 特に自分に対しての理解は、いの一番に大事にしたいところです。なぜなら全ては自分からであり、自分の在り方や見方が、自分と自分の未来を作るからで

渡邊 優
6月18日
苦しみながら学ぶ
苦しみながら学ぶ、それが「私」の設定だったと昨日の先生とのセッションで教えていただきました。 まだ、その意味を深く理解できていませんが、私のパターンでは絶対にしない設定だと思います。 そもそも苦しみから逃れようとするのが私のパターンです。 語りかけの動機も、楽になりたかったから。学ぶ動機も、救われたかったから。そんな調子なので、苦しみに自ら飛び込むということはしないと思います。 でもなぜそのような設定になったのかを考えると、そうでもしないとこの私という人間は、自分のパターンに気づかないからだと思います。特に、自分はわかっている、知っているという俺様パターンは、痛い目を見ないと気づかない。だから、このような苦しみながら学ぶという設定になったのだと思いました。 そう考えると、苦しみには大きなプラスの意味づけがあると思います。 それは、苦しみには大事なことに気づくキッカケがあるということです。(パターンに気づくキッカケ) 恐怖、不安、苦しさ、辛さ、それらからは避けてばかりいた私ですが、これらのネガティヴな感情についても、もっと考えてみたいと思いました。

渡邊 優
6月17日


江の浦測候所
昨日は小田原にある、小田原文化財団 江の浦測候所へ行ってきました。 こんな近くに、こんな素晴らしいところがあるとは全く知らなかったです。 江の浦測候所は、小田原市と設立者の杉本博司氏とで創られたアートのお庭です。 庭といっても、山を庭にしたような、自然とアートが融合した、なんとも言えない美しさがありました。 その中でも真っ先に目に飛び込んだのは、海の写真でした。 その写真にはこんなことが書かれていました。古代人が見た景色と同じ景色を表現したかったと。 芸術家って、哲学者でもあると思いました。 自分には想像もつかないことを考え、テーマにし、表現する。 お陰でその写真からは、古代人と同じ目線で海を見た気になりました。意識の上での、一瞬のタイムスリップです。 きっと芸術家とは、私とは全く違う視点で物事を見ているのだと思います。 それが、感性がいいとか、鋭いとか言われる所以なのだと思います。 このような感性、私も育てたい。

渡邊 優
6月16日
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