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時間をかけて・・
先週の二日間のセミナーを終え、初めて学ぶことや知ったことを、これから時間をかけてゆっくり消化していこうと思います。 その意味でこの週末は、セミナーのノートを見たり聞いたことをじっくり考えていました。 そもそもなぜ学ぶのか、成長とは何か、特に魂の成長とは、真の幸せとは・・・その答えが今回のセミナーにあったように思います。 私たちは長い時間をかけて、この肉体を持って人生を生きています。 魂の時間からしたらほんの一瞬の出来事かもしれませんが、どんな意識で生きるのかで、心も、体も、精神も合わせ、人生自体が変わってきます。 そして自分の人生を生きるとは、自分の価値や哲学を創っていくこと、それが人生に反映されるのです。まるで創造主です。 そして学んだことを素直に受け取るということがどれだけ大事であるかも、今回のセミナーで分かった気がします。それは自分は分かっていなかったということが、また一つ分かったということです。 言われたくない、怒られたくないというパターンで受けとるのか、アドバイスとして受けとるのか、そこには 雲泥の差があるように、意識も同じだけ雲泥の差

渡邊 優
3月9日
読書
最近自分の読書のあり方について考えています。 今までの私の読書は純粋に本を楽しむことよりも、どこか本に対して救いを求めていました。 心の不安、恐れ、はたまた満たされない何かを本を読むことで、埋めることができると信じていたのです。 そういった本の読み方は多岐に渡り、ビジネス書から、自己啓発、心理学、あらゆるジャンルから自分が救われるものはないかと探していました。そこに気づいてからは、どこか違うなという意識を持ちつつも惰性で読書を続けていました。それはつまり、パターンで読んでいたということです。 本来読書というものは、本を楽しむためのものです。自分にはない体験を読んだり、自分とは違う価値観に触れて感動したりするものです。そこに人間的な学びがあると思うんです。 世の中には沢山の心の空虚を埋めるものがあります。数々のセミナーもそう、本もそう、しかし本質的なことは、その救いを求めているのは誰であり、何でなのかというものです。 救いを求めているパターンがあるなら、まずそのパターンを救うことが先決だと思いました。 本に求めるのではなく、「私」がパターンを救うの

渡邊 優
3月6日
ただそこにあるもの
パターンに対して自分はどんな対応をしているのか、とよく考えます。 それは最近「パターンで生きているようじゃダメだ」のパターンに語りかけていてわかったことですが、このパターンで生きていた時はとにかく苦しかった。 パターンがあることが苦しいのじゃなく、あるものをいけないと思っていることがとても苦しかったんです。 あるものをあると認めず、いけないものとして扱う。それは、自分自身をいけないものとして扱うようなものでした。パターンは実態はないものの、エネルギーとして確かに自分の内にあります。そんな自分の内にあるものをいけないものとして、自分で自分を裁いていたのです。自分はいけない存在だと。 そしてパターンはいけないと思っていた時は、このパターンで他のパターンに語りかけていたのです。パターンはいけないものと思っているので当然です。その連鎖を少し断つことができたと思います。 そんな苦しさを通してわかったのは、パターンとはあっていいものだということです。 そもそも無くすことなんかできないんだと。それを思考や頭でではなく、体験として理解できたことです。...

渡邊 優
3月5日
こんな時だからこそ
何だか世界が騒がしいです。戦争、原油価格、ガソリン価格、為替、日本の立場など、毎日そんなニュースで持ちきりです。そんな中、自分にできることとはなんだろう?と考えていました。 私に戦争を止めることはできないし、ガソリン価格を変えることもできない、日本の立場を決定する権限もない、せめてできることは、自分の中に平和を作ることだと思いました。 自分自身(パターン)と戦わず、自分の中に平和を作る。寧ろ今の自分にはこれしかできないと思います。淡々と自分のやることをやっていくことが大事だと思いました。 世界がどれだけ争っても、ニュースがどれだけ騒がしくても、今日も日はのぼり、変わらない綺麗な空が広がっています。それを感じられるのは平和だからだと思います。だからこそ今ある平和に感謝して、普遍的なものに目を向けていきたいと思います。 人間のあれこれ考えることよりも、絶対的なものがある。 先月のセミナーでもそのようなプリントをもらいました。 ならばその普遍的なルールに乗って生きていきたい、そう思います。

渡邊 優
3月4日
他人の評価
私は、他人の評価を人一倍気にする人間です。 というよりも、以前はそのことすらに気づいていませんでした。頭であれこれ考えて、他人と比較してもしょうがないよね、意味ないよね、自分は自分だしね。そう言い聞かしていましたが、それが人一倍他人の評価を気にするサインだったのです。 先輩の評価、先生の評価、上司の評価、友人の評価、あらゆる評価を気にして、今思えばとても精神がすり減るような気分でした。(今でもある) しかしここ最近語りかけと白黒ワークをしてしている「他人の評価が怖い」のワークをしていると、「この自分でもいいよな」という想いが少しづつ育ってくるのがわかります。 このパターンは、他人の評価で自分の価値が決まると思ってますし、他人の評価で人生が左右するとも思っています。それは自分という人間を他人に委ねてしまい、自分の尊厳までも差し出しているのかもしれません。 しかしこの自分でもいいよな、という感覚には、いい加減でだらしない自分も、あーまたやってるよの自分も、丸っと含めた、この自分でいいよながあります。これは「私」の包容力だと思いました。...

渡邊 優
3月3日
バレエ鑑賞
昨日は同じ道場仲間のバレエ発表会があったので鑑賞しにいってきました。 そして生で観るのは本当にいいな〜と実感しました。人が醸し出す躍動感、優雅さ、力強さ、速さ、軽さ、静けさ、バレエの美しさと圧倒感がそこにはありました。この美しさを表現するのにどれだけの時間をかけて、どれだけの努力をしてきたのでしょう。 涼しい顔した踊りの足元はプルプルと筋肉が震えており、顔とは裏腹なその筋肉が、この日のために積み重ねてきた努力の賜物を物語っているようです。自分にはできないことをしている人達を観て、尊敬の念もあれば、勇気ややる気ももらえた気がします。それは、同じようにはなれなくても、自分も頑張ろう、日々の努力を大切にしようという思いです。 見た目だけではわからない辛く苦しい稽古も、きっと自分はどうありたいのか、その信念と努力で今日まで来たのだと思います。 そんなバレエを鑑賞して、人は色々なところから学ことができるのだと思いました。他人から、事象から、自然から、自分からです。自分はどうありたいのか、その想いと意思と行動の積み重ねでしか未来は作れないし、今の自分もないの

渡邊 優
3月2日
黒パターンで生きているようじゃダメだ
最近最優先で行っている語りかけ、それが「黒パターンで生きているようじゃダメだ」への語りかけです。 このパターンがあるから、このパターンが騒ぐから、自分はいつまで経っても成長できないし、他人から白い目で見られるし、嫌われるし、認められないんだと、このパターンがその他多数のパターンを責めます。それがこの、「黒パターンで生きているようじゃダメだ」のパターンです。 語りかけをしてハッと思ったことは、私は今まで色んな物事をこのパターンで見聞きし、行動していたということです。そしてこのパターンで語りかけもしていました。語りかければ他のパターンが静まるだろう、それはパターンを嫌うパターンからしたら都合がいいことです。このパターンさえ静まれば、なくなれば、自分は楽になれる、良くなれる、そんなパターンの動機からの語りかけだったのです。これも理想の自分を求めるプライドの一つだと思いました。 そしてこのパターンは自分のパターンだけでなく、他人のパターンも同じようにジャッジします。自分の中で消化されていないものを他に投影して、他人の黒パターンもいけないものとして判断する

渡邊 優
3月1日
相手の身になる
相手の身になって考えるということ。 それは、相手の生活や想いや理想やパターン。そういったことに対する想像力や理解力が、私には足りていなかったと最近気がつきました。 それはつまり、あらゆることを自分の物差しで判断していたのです。それは他人も、自分も、そして社会もです。普通はこうだろうとか、きっとこうだろうと、あくまで自分の基準であったというものです。これこそまさに、分かったつもりでいることだと思いました。 相手の身になって考える。(同調とは違う) これは、やろうと思ってできるものではない気がします。 これはあくまで私の想像ですが、ある程度パターンが静かになって、今まで自分だと思っていたパターンから離れて始めて、相手のことが想像できたり、理解したいという想いが育つのだと思いました。 大人になるとはきっと、こういうことだろうと思います。

渡邊 優
2月27日
来月の新曲
ピアノを始めてはや三年、4月で四年目に突入です。 そして来月からの課題曲が、ヘンデルのパッサカリアと、 彼こそが海賊 「パイレーツ・オブ・カリビアン」の二曲です。この二曲は正反対の曲ですが、パイレーツオブカリビアンは、力強く、ガンガン弾くので今までのピアノの曲とは全く違う課題となります。それは正しく、今までやったことがないことです。 そしてちょっと練習しましたが、これがめちゃくちゃ難しい・・・・勢いと力強さが全面に出て、私の課題にはピッタリだと思いました。 不思議なもので、悶々としたり鬱々とした時は、ピアノを弾くことで軽やかな気分や気持ちのいい気分にさせてくれます。 ピアノの音色なのか、音楽の力なのか、初めた当初は面倒臭いと感じていたものが、今では自分を支える一つのツールとなりました。 そして新たな曲を覚えるたびに、その曲を味わう感覚があります。 抑揚、強さ、柔らかさ、弱さ、静けさ、自分も弾くことによってわかるその曲の侘び寂びが体に浸透してくるようで気持ちがいいのです。 新たな曲はどんな発見があるのだろう?きっと半年くらいかけて曲を完成させるので

渡邊 優
2月26日
思考偏向だった
昨日は先生との個人セッションでした。そこでここ一ヶ月ほど私が悶々としていた意味がやっと分かりました。それは、語りかけや白黒ワークを頭でやっていたということです。 私はこうありたいとか、白パターンを選ぶ時にを頭でクルクル考えて、必死に選ぼうとしていたのです。しかしいくら考えても思考では選べない、変わらない、これもパターンでやっていたのです。楽になりたいから、早く成長したいからという動機でです。それで悶々としてしんどかったのです。 そして悶々としている間、この悶々は黒パターンだから、「黒パターンを選んでいるようじゃダメだ」と、自分を責めていたのです。このパターンを責めるパターンはどれだけ頭で、パターンはこうだから悪くないと考えても、思考では解決しませんでした。寧ろ悶々とした鬱積は募るばかりだったのです。 今回は苦しい時間が長かった分本当に、基本は大切だと痛感しました。 「黒パターンを選んでいるようじゃダメだ」にしっかり語りかけをして、時間をかけながら白黒ワークで白パターンを選んでいく。少し楽になったり、軽くなったりすると時間をかけずスキップする癖があ

渡邊 優
2月25日
パターンは悪なのか
パターンを嫌うパターンを見ていると、まるでパターンが悪のような存在だと思っています。 パターンとは自分勝手で自己中、だからレベルが低く見られるし、白い目で見られる、嫌厭される、そんな他人から嫌がられる悪い存在です。パターンを嫌うパターンからするとそう映ります。 しかし考えてみると、今までそのパターンで生きてきたということは、つまり、パターンに生かされてきたということです。パターンは子供なので「私」の資質は使えません。使えないなりに必死に自分を守る、生きるためのパターンなりの工夫だったのだと思います。そう考えると、パターンへの理解がぐっと深くなる気がします。 幼いながらも必死に働いてきたパターン達。 自分を守るために「私」の代わりに働いたパターン達。 子供であるが故、理性的ではないし、知恵もない。 だからこれからは「私」が働き、パターンには休んでもらう。 そして、主体を「私」が持つというものです。 この主体性が実はとても大事な気がします。 パターンから「私」への主体の変化です。 そこが本当の出発点の気がします。

渡邊 優
2月24日
赦すということ
自他を赦すということ、最近この大切さに気付かされます。 自分を赦せない時、心は悶々とし、イライラしたりストレスを感じます。 あんなこと言われた、こんなこと言われと他人を赦せないとき、怒りや恨みや憎しみを抱いて顔は眉間に皺がより、顰めっ面となります。心はネガティブな感情に支配されてとても苦しい状態です。自分の想いが自分に苦しみとなって返ってくる。これが因果広報や自業自得という宇宙の真理だと思いました。そして自他を赦したときそれは、健全な精神となって自分に返ってきます。これも同じ真理です。 自他を赦せないとき人は、人間関係に軋轢を生じます。怒りや憎しみのエネルギーで他人と関わるからです。だからか、と思いました。私が人間関係でよくトラブルを起こしてきたのがです。 赦す、という資質のエネルギー。こちらの方が心地いいのが分かります。 色んな場面で、この赦すということを使っていこうと思いました。 まずは自分から。

渡邊 優
2月22日
淡々と
最近先生の日記に書かれている「自分を好きになる」ということ。 これが人生の本当のゴールなのかもなと思いました。 思い通りの自分になるために、誰からも認められるために、私は努力をしてきました。そうすれば自分に自信が持てて、自己肯定感も上がって現実社会を楽に生きていけると思ったからです。しかしその道は際限がなく、どこまでいっても渇望が満たされることはありませんでしたし、とても苦しい道のりでした。なぜなら自分以外の自分にはなれなかったからです。 自分を好きになるとは、周りからの賞賛があるから、認められているから、自分を好きになれることではなく、この今の自分を、そのままの自分への肯定感と尊厳を持つことだと思います。それは、この自分でいいと思うことです。沢山のパターンがあって、その中には自分を否定するパターンも、他人と比べるパターンもあります。その全てにOKを出せること。そうやって全てのパターンを許していくことが「自分を好きになる」ことだと思いました。 「自分を好きになる」 憧れのような、目標のような、きっとそれは崇高なことではなく、淡々とワークをして、そ

渡邊 優
2月21日
冬季五輪
旅行先で両親と冬季五輪を見ていました。 そこで話にでたのが、最近の選手は本当に楽しそうに演技をするというものです。 昔のような、努力、根性、気合い、が前面に出る在り方ではなく、覚悟を決め、今までの自分の全てを出し切って楽しもうとする笑顔に、周りにも不思議と笑顔が移っていきます。この見ている方にもいい影響を与えるのがとてもいいと思いました。 一つのことに取り組んできた方達の本気は勿論そこにはあって、プレッシャーを感じながらも、それでも笑顔を絶やさずにいる姿に人は惹きつけられるんだな〜と思いました。 光が強ければきっとその影も濃いはずです。それを持ちながら進む、というのを見せてもらった気がしました。 オリンピック選手だから特別ではなく、きっと私たちと同じように影(黒パターン)を感じ、悩み、迷ったこともあると思います。演技が終わった瞬間の涙がきっとそれなのだと思いました。 そんな姿をTVで見て、自分も頑張ろう!そう思うのでした。

渡邊 優
2月20日
私の問い
今朝は、一つの根深いパターンに気がつきました。 「できていない、分かっていない、特別じゃない自分には価値がない」 というパターンです。 なぜこんなに苦しくなるのか。 それは、特別じゃない自分には誰からも見向きもされないし、必要ともされず、認められず、愛されない、そうパターンが信じているからです。 つまりパターンは、「愛されるには条件がいる」と思っているのです。 本当に恐れているのは、価値がないことではなく、選ばれないことだと思いました。 だからこそ、特別であれば自分を肯定できるし、成長していれは価値がある。 これも理想の自分を守ろうとするプライドだと思います。 しかし現実の自分は何者でもない。 できないこともあるし、わからないこともあるし、特別でもない。 この価値を足さない、何者でもない自分にオーケーを出せるのか、出したいのか。 これが今の私の問いです。 明日は早朝から両親と一泊二日で河津桜を見にいってきます。 不思議なもので、あれほど恨んでいた両親に対して今では、一番何者でもない自分でいられます。 しかも幸せと共にです。きっとここにヒントがある

渡邊 優
2月17日
色んなプライド
先日の勉強会で印象に残った話がありました。 それが、プライドがないことがプライドだった、というお話です。 私の場合、プライドがあることがプライドだったので、そういうプライドの立て方もあるのかと思いました。考えてみると、戦わないプライドもあるし、負けるプライドもあります。(自分は勝ち負けや戦いに興味ありません。そんなレベル低くはないですよ〜)というプライドです。 そう考えるとプライドのパターンというのは、自分を正当化するためや、他との比較においての優劣を様々な形で表現すのだと思いました。それだけプライドというパターンは自分を守ることに必死なのだと思います。私のプライドのパターンも存分にその傾向があるのでよくわかります。 その上で自分はどうありたいのか。 プライドではなく、自分に尊厳や誇りを持ちたいと考えています。 それは他人との比較や評価よりも、自分の真実を語ることを大事にしたり、自分で自分を裏切らないことです。その積み重ねが、自分への尊厳や誇りを育てるのだと思いました。 パターンという揺れを抱えながらも、ありたい自分という主体に戻ること。 その場

渡邊 優
2月16日
パターンの仕事
最近、もう十分語りかけたから大丈夫だろう、そう思っていたパターンが騒ぐ機会があります。 特に何かあった訳でもなく、パターンの思考や物語を通して、パターンの欲求がわかるのです。 特に、別れた彼女のについてのパターンは顕著でした。 自分の全てを認めてくれる、分かってくれる、受け入れてくれる、愛してくれる、だから帰りたいとです。 ここで理解できるのは、パターンが求めているのは、自分の全てを認めてほしい、分かってほしい、受け入れてほしい、愛してほしいです。 そうか〜と思いました。どうしてそれをパターンが求めるのか、それは単に、私のパターンに対する愛が足りなかったからです。パターンの叫びです。もっと愛してほしいと。 こうやってパターンは私たちに、感情、思考、物語を使って教えてくれます。 それがまるでパターンの仕事であるかのように。 それが分かったらまた改めて語りかけです。パターンが安心するまで続けていきます。

渡邊 優
2月15日
開示
道場では、仲間の言動や話に引っかかった際、 「今誰々の言ったことが私の何々のパターンに引っかかりました。 ですがそれは〜さんのせいではありません。私がパターンをケアしてこなかったからです。 〜さん、教えてくださりありがとうございます。これからパターンをケアしていきます。」 このくだりを相手にお伝えします。実は私、この開示が苦手でした。 自分のまだ引っかかっている部分(恥部)を露わにするのが、パターンを現実に表に出すのがです。 そしてそのお相手からジャッジされるんじゃないか、開示を聞いた他の人からも見下されたり引かれるんじゃないかと思っていたからです。そうすると苦手意識が芽生え、開示をするのが怖くなるんですね。 しかし開示するというものを改めて考えたとき、これって他でもない自分のためだと思ったんです。 パターンに引っかかった際、そのお相手にチッ、と思うことがほとんどです。 しかしパターンに引っかかるというのは、パターンを救うチャンスになるわけです。そもそも引っかからないと気づきません。そこを見過ごさずに、しっかりと開示して、自分でケアすると宣言する

渡邊 優
2月13日
勉強会
昨日は魂の道場、茅ヶ崎グループの勉強会でした。 去年一年はずっと一人でこれはなんだ?なんのパターンだ?と悩むことも多かったのですが、同じ学をしているもの同士だと、私の気がついていないパターンに気づかせてもらったり、また私とは違う角度から意見をもらえるので、腑に落ちる機会が多かったです。ありがとうございました。 そしてパターンのことをこれだけ人と話せる機会があるのも、一人ではできなかったことです。 共感というよりも(恐らく皆さんもうそこは必要としていない)パターンというものの構造や仕組み、それが自分にどう影響し、その先にある自分はどうありたいか、そこへの進め方。その体験や選び方。 今の自分の位置なども確認でき、私にとってはとても意味のある勉強会でした。 また勉強会の場所を提供してくださったRさん。ありがとうございました。 次のグループまで、自分のやることをやる。ただそれだけだと思いました。(きっと全てそうだな)

渡邊 優
2月12日
自分を裁くパターン
こんな自分ではダメだ、今の自分ではダメだ、黒パターンに引っかかる自分ではダメだ、などなど、自分を裁くパターンを見ていました。そして考えていました。なぜこれほど自分を裁くのかとです。 きっとパターンは「自分はできている、できているはずだ」という前提があるから裁きが起こるのだと思います。もっと詳しく見ると、自分はもうそこを通過した人間だ。わかっている側の人間だ。気づいている自分だ。この自己イメージに反したとき、パターンは現実の自分を裁かずにはいられなくなるんだと思います。だからこんな自分ではダメだが出る。それは、「できている、わかっている私」の立ち位置を守るために、現実の自分を切り捨てているようだと思いました。 しかし多くの人が、今の自分ではダメだと思えるから、頑張れると信じています。 そしてこの頑張りは短期的には結果が出やすいです。だからあらゆるところで裁きベースの頑張りがあるのだと思いました。 その上で自分はどうありたいのかを考えたとき、この自分でいいし、今の自分でいいし、黒パターンに引っかかる自分でいいと思いました。ここには肯定と事実があります

渡邊 優
2月10日
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