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  • 執筆者の写真: 渡邊 優
    渡邊 優
  • 3月3日
  • 読了時間: 2分

私は、他人の評価を人一倍気にする人間です。

というよりも、以前はそのことすらに気づいていませんでした。頭であれこれ考えて、他人と比較してもしょうがないよね、意味ないよね、自分は自分だしね。そう言い聞かしていましたが、それが人一倍他人の評価を気にするサインだったのです。


先輩の評価、先生の評価、上司の評価、友人の評価、あらゆる評価を気にして、今思えばとても精神がすり減るような気分でした。(今でもある)

しかしここ最近語りかけと白黒ワークをしてしている「他人の評価が怖い」のワークをしていると、「この自分でもいいよな」という想いが少しづつ育ってくるのがわかります。


このパターンは、他人の評価で自分の価値が決まると思ってますし、他人の評価で人生が左右するとも思っています。それは自分という人間を他人に委ねてしまい、自分の尊厳までも差し出しているのかもしれません。


しかしこの自分でもいいよな、という感覚には、いい加減でだらしない自分も、あーまたやってるよの自分も、丸っと含めた、この自分でいいよながあります。これは「私」の包容力だと思いました。

そして他人の評価を気にするのは、自分が許せなかったり嫌いが故の、他人の評価で自分を満たそうとしていたのだと思います。


その上で、もしかしたらもう、他人の評価が怖いと、もう決めつけなくてもいいのかもしれない。

選んでいきます。

 
 
 

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