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  • 執筆者の写真: 渡邊 優
    渡邊 優
  • 2月27日
  • 読了時間: 1分

相手の身になって考えるということ。

それは、相手の生活や想いや理想やパターン。そういったことに対する想像力や理解力が、私には足りていなかったと最近気がつきました。


それはつまり、あらゆることを自分の物差しで判断していたのです。それは他人も、自分も、そして社会もです。普通はこうだろうとか、きっとこうだろうと、あくまで自分の基準であったというものです。これこそまさに、分かったつもりでいることだと思いました。


相手の身になって考える。(同調とは違う)

これは、やろうと思ってできるものではない気がします。

これはあくまで私の想像ですが、ある程度パターンが静かになって、今まで自分だと思っていたパターンから離れて始めて、相手のことが想像できたり、理解したいという想いが育つのだと思いました。


大人になるとはきっと、こういうことだろうと思います。

 
 
 

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