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現実を見る
昨日のピアノのレッスンにて、前回「言われたくない」のパターンに引っかかりまくったので、今回はいつも以上に自分を見ながらのレッスンに臨みました。 そしてパターンは反応するのですが、それは置いといてと黙りなさいを繰り返し、次回への課題を頂いて私のレッスンは終わりました。 そして次の方のレッスンを見ていたところ、私と同じように言われている・・いや、寧ろもっと言われているかもしれない。リズムを取る先生の手拍子にも力が入り、指導する声にも力が入る。 それを見て私は、恥ずかしさを覚えました。なぜなら今まで私は、自分ばかり言われていると思っていたからです。あ〜これもパターンだなと思いました。 それは「自分ばかり言われている」というパターンです。その内容は、私が気に入らないから、ムカつくから、見ててイライラするから、だから私ばかりに言うのだと思っていました。それが例えパターンであったとしても、そう受け取っていた自分が恥ずかしかったのです。 そしてレッスンとは、言って教え、指導すること。言うだけではなく体全体を使って見せたり、リズムを取ったりと、今足りていない、出

渡邊 優
1月27日
理想の自分とは・・
「今の自分ではダメだ」というパターンのことを考えると、それはパターンの望む理想の自分と、今の現実の自分を比較するからそう感じるのだと思いました。理想の自分とは、何でも分かっていてそつなく出来ている自分であって、それは他人よりも優れいたり、上だったり、はたまた認められたり尊敬されるような自分です。そう在れない現実の自分に対して「今の自分ではダメだ」と言っているんです。 そこまで考えるとこれも、「プライド」というパターンの自己像への執着だなと思いました。 このプライドが評価と裁きを自分自身に下し、苦しむのです。「今の自分ではダメだ」とです。 面白いもので色んなところで私のプライドという課題が露見します。 占いではいつも「あなたはプライドが高いですね」と言われますし、独りよがりにならないようにとも忠告されます。それだけ私の持っているエゴというプライドが強いのだと思います。 そして間違えないようにしたいのは、プライドがいけないのではなく、それをコントロール出来ていない私の方に問題があるということです。ですからこれからは、理想の自分を追うプライドをしっかり

渡邊 優
1月26日
凶というおみくじ
本日初詣で引いたおみくじが「凶」でした。生まれて初めて凶です。 書かれていることは、どれも「難し」「叶わず」「焦らず」といった言葉ばかりで、読むほどに不安になりました。私は案の定、慌てておみくじを畳み、まるで厄を払うように括り付けました。 そして初詣の帰りにその一連の自分を考えていました。私のその姿は「凶=悪いもの」と決めつけ、反射的に避けた自分がそこにいたのです。 後から調べてみると、「凶」はこれ以上悪くはならない状態、これから好転していく兆しだと書かれていました。 ああ、私は現実をそのまま受け取ることが、こんなにもできないのだなと思いました。 良い悪いとすぐにジャッジし、不安なものを避けようとする。これもいつもの私のパターンです。 もしあのとき、おみくじの言葉をそのまま読めていたら、そこから何かを受け取れたのかもしれないですし、自分を見直す材料にできたかもしれなかったです。それができなかった。 でも、こうして今の自分に気づけたことは、私にとって小さな収穫でした。 凶のおみくじは、意外と悪くなかったのかもしれません。

渡邊 優
1月25日
そのままの自分でいい
思い通りの自分じゃなきゃ嫌だ、今の自分ではダメだ、いつまでもパターンに反応している自分ではダメだ、負けたくない、言われたくない、自分の方が上だ、などなど、それらのパターンがあるそのままの自分でいい。それが、そのままの自分でいいということだと思いました。 最高の自己肯定感だと思います。 何かができるとか、何かを持っているとか、地位があるからとかではなく、どの自分があってもいいというそのままの自分。 それを知るまで私は、そのままの自分ではダメだと思っていました。 世間が認めるような何か、地位や名誉、はたまた成功、プライド、それらを象徴するものが、自分を肯定できる唯一のものだと思っていたのです。それがあるから自分を支えられるんだと。 しかし「そのままの自分でいい」というのは、ポジティブに考えるということではありませんでした。 ダメだと思っている自分、比較している自分、反応している自分を、「変えよう」ともしないで、ただそのまま見ている感覚です。 不思議なことに、そこには安らぎがありました。 頑張らなくても、整えなくても、良く見せなくても、自分に何かが欠け

渡邊 優
1月23日
分かっていなかった
自分のパターンを見ていて気づいたことがあります。 それは私の「言われたくない」というパターンは、「あれこれ言われない自分」だと信じているということ。また「負けたくない」というパターンは自分は勝てると思っているし、自分の方が上だとも思っている。そんなパターンの裏側というか本音に気づいたのです。 その瞬間私は、たまらなく恥ずかしくなりました。まるで今まで見ないようにしてきた自分の姿を、突然鏡を突きつけられたような感覚でした。できれば知りたくなかったし、認めたくなかった、プライドはです。 それまでは寧ろ、謙虚なつもりで私はいました。 でも実際には、「できたつもりの自分」「勝てる自分」「上の自分」でいたかっただけなのです。それに気づいたとき、穴があったら入りたいような気持ちになりました。 これが、「分かっていなかった」ということなのだと思います。 分かっているつもりで、自分の姿をいちばん見ていなかったのは、自分自身だったのです。

渡邊 優
1月22日
パターンを嫌うパターン
昨日は先生との個人セッションでした。 内面的な話がほとんどなのですが、その中で私が最近悶々としていたパターンを教えて頂きました。それが、「パターンを嫌うパターン」です。 以前にも、パターンはダメでいけないものだ、に語りかけていましたが、今回思ったのは、語りかけたからそれでパターンがなくなるわけではないということでした。 パターンはいつでもどこでも反応します。 反応しなくなるわけではないのだと思います。 語りかけの中でも言っている通り、「あなたは変わらずそこにいていいと」いうことです。 それは、何も変わらなくていいということでもあります。 しかし、パターンを嫌うパターンは、それが許せません。なぜなら、いつまでも反応する自分はレベルが低い、周りと比べてもそう感じる、相変わらず自信も持てないと。だから、パターンはいけないものだと思い続けてしまうのです。 私はこのパターンの中にいたことで、「パターンは変わらない」という事実に気づけていませんでした。 ということは、です。定期的に「パターンを嫌うパターン」を点検する必要があるのだと思いました。...

渡邊 優
1月21日
今の自分ではダメだ・・
「今の自分ではダメだ」というパターン、茅ヶ崎クラスに出た後反応しているパターンです。 このパターンは、現実の自分を直視した瞬間や、誰かと比べた瞬間に現れます。 多くの場合、それは「もっと頑張ろう」「まだ足りない」という向上心に見せかけたり、「謙虚さ」に見せかけたりしていかにも前向きな顔で現れます。きっとパターンは、私を優劣という物差しの中に閉じ込めておきたいのかもしれません。 そして真反対の白パターンが「今の自分でいい」というものです。 この言葉を置くと、それだけで身体が緩むのが分かります。今の自分でいい、今の自分からやっていこう。そこには、パターンと共に歩んでいける「私」がある気がします。身体感覚として心地よいのはこちらなので、今の私にとっての真理はこちらだと思いました。 今年は、「現実の自分を自覚する」というのを一つの目標にしています。 ただ、それと同時に、「今の自分ではダメだ」のパターンもセットで現れてきます。 その両方をちゃんと見ていく、という姿勢でいたいと思いました。 分かった気にならず、結論を急がず、ただ起きているものを見続けること。

渡邊 優
1月20日
一人になって
彼女と別れて一人になってから、一年が経とうとしています。 今思えば、随分と私のパターンを彼女は満たしてくれていました。一人では生きられないというパターンも、誰かに甘えたいというパターンも、認められたいというパターンも、愛されたいというパターンも、プライドというパターンもです。お陰で今ではそれらのパターンに私自身が向き合いながら、一つづつ自分で面倒を見るということをしています。 そしてそれは、一人にならないと気がつかないことでもありました。 自分がパターンを満たしてもらっていたことも、甘えていたこともです。 そう思うと一人になるというのは、自分の足で立つという最初の一歩のようにも思います。 一人になった当初の頃は、他人の家族やカップルを見るたびにそれこそ寂しく、孤独を感じていました。今でもそれは完全になくなることはありませんが、寂しいな、孤独だなと感じたときはパターンに語りかけて、もしかしたら、自分は一人だともう決めつけなくてもいいのかもしれない。こちらの白を天を仰ぎながらのマントラにしています。それは目に見えないけれど感じられる先祖や、今は亡き祖

渡邊 優
1月19日
プライド
自分のパターンを見ていると、そして物心ついた頃からの自分を思い返してみても、自分の課題はプライドなのだと感じます。 言われたくない。自分は分かっている、できていると思いたい。認められたい。 振り返ると、多くの反応は「プライドが満たされるか」「プライドが傷つかないか」のどちらかで動いていたように思います。 そして今思えば、それもまた、自分自身が選んできた課題だったのだと思います。遥か昔に自らが用意したセッティングだったのだと。 一方で、「このままの自分ではダメだ」というパターンも、今でもよく動きます。 それは、いつまでも超えられない自分。同じ課題を何年もやっている自分。周りと比べて劣っている自分。そうした声が、何度も浮かんできます。そんな思い通りにならない自分に悶々としているとき、これもプライドなんだなと感じます。 そうして私はどうありたいのかと考えると、それらのパターンがあってもいいと、否定せずに見ていられる自分でありたいと思うのです。そのままを受け止められる自分でありたいと。 まずは自分のパターンから練習です。

渡邊 優
1月17日
分かっているパターン
自分は分かっている、できている、というパターンの構造を知ってから、私は自分の愚かさを痛感していました。それは、ただパターンの物語の中で生き、パターンを満たし満足させていただけだったからです。 それらはパターンにとって、とても気もちのいいものです。 なぜならそこには、「自分は学んできた」「自分は自分を見てきた」 「他人よりも分かっている、できている、知っている、気づいている」という、他者との比較の中で生まれる優越感があるからです。 そして何より、 その自分に気づいていなかったことに、反省しました。 自分を見て、パターン気づいて生きていくというのは、本当に時間のかかる作業だと感じています。 けれど、こうしてまた一つ学び、パターンから降りる作業ができるのも、今は素直に良かったと思えます。なぜならそれは、自分の在り方を変えていくことへの確かな動機となっているからです。 実は驚くほど単純なことだったのに、そこに気付けないほど、「分かっている自分」をパターンは守りたかったのだと思いました。それはプライドとも言えるし、保身とも言える、私自身の課題です。

渡邊 優
1月16日
分かってないから
先日道場仲間の Mさんのブログ を読んで、 「自分はわかっている」「自分はできている」なども、何もわかってないからそういうことを思えてしまう。 とても分かりやすい説明で、私は、自分が分かっていないから分かった気になれていた、ということがやっとわかりました。「物事の理が分かっていない」というのはこういうことなんだと気付かされました。目の覚める じゃあ分かっていることとは何だろうと考えると、それはあくまでも、自分が経験したことまでなんだと思いました。だから、90%の物事を知らずに死んでいく、ということに繋がるのだと思いました。 自分が気づいていなことを仲間のブログから教えてもらう。これも、自分の分かっていないことです。 謙虚さというにはきっと、本当の意味で、自分を歪みなくちゃんと見れるからなんだろうと思いました。 分かっていない自分をちゃんと認め、受け入れられる自分でありたいです。

渡邊 優
1月15日
靖国神社
昨日は靖国神社にお参りに行ってきました。 私はこの歳になるまで、実は一度も靖国神社に行ったことがありませんでした。 靖国神社の由来も、靖国で会おうという意味も、靖国神社じゃなければいけない理由も、何も分かっていなかったのです。そして、洗脳の怖さもです。 祖国の為に死ぬのは喜ばしいこと、それは英雄だと刷り込まれ、思い込み、信念となっていく。これもパターンだと思いました。 祖国のために戦ってくれた戦没者達に感謝では言い表せない感謝を述べ、明治維新から続く歴史を博物館で拝見しました。そこには先の大戦で亡くなった方達の沢山の写真と、妻や子供達、家族に宛てた手紙と、沢山の遺書がありました。当時の心情が伺えます。それは戦士ではなく、一人の人間としての想いがです。 妻に会いたい、子供達に会いたい、子供達の成長を見守りたい、そんな当たり前の思いと未練、それらを真に受け止めて、最後の手紙で皆感謝を述べていました。怖かったでしょうし、不安だったと思います。それでも行かざる負えない状況、何とも言えません。 このようなことを二度と起こさない為にも、パターンで生きないこと

渡邊 優
1月14日
姿勢
姿勢について考えていました。 背筋を伸ばす姿勢もそうですが、物事に対する姿勢をです。 それは学ぶ姿勢、聞く姿勢、言う伝える姿勢、向き合う姿勢、その全てに動機があって、どんな動機でそれをするのかをです。私の場合、プライド関係や言われたくないなどのパターンが強いので、そのパターンが発動するとなかなか素直に飲み込めないという問題が生じます。だからこの姿勢という、そもそもの動機をしっかり持ちたいと思いました。 きっとこの姿勢はあらゆることに繋がっていると思います。 素直に全てが聞けたら、素直に受け止められたら、素直に言えたら、素直に動けたら、そんなパターンを凌ぐ大きな動機、それが自分を前に進める推進力になるのだろうと思いました。 それは全てにおいての、生きる姿勢に繋がるとも思います。 そんな自分の姿勢を正していきたい、そう思うのです。

渡邊 優
1月13日
小さなパターン
今回のグループで学んだ、小さなパターンにも目を向けるというもの。 読み物などからパターンが反応した際に、その声にきちんと耳を傾けるというものです。 今の自分にはちょっと無理かもとか、いや、それはまだいいとか、これはまだ手放したくないなどのパターンの思い、そんな小さな声に耳を傾けることでわかる今の自分。それって、とても豊かなことだと思いました。 自分を見て知り、成長の糧にしていく。それは今まで私の知る豊かさとは全く次元の違う豊かさだと思いました。私の知る豊かさとは、お金や時間や物、はたまた立場や地位やそれで得られる満足感でした。しかし自分を育てる豊かさは、内面が充実したり、自分を好きになれたり、また時には嫌になったりしながらも、それすらも自分を育てる糧にして、自分の内面という精神性を育てる行為そのものです。 それができる、といういことが、とても豊かな在り方だと思いました。下手をしたら一生出会わないかもしれない豊かさです。それを与えられたことに感謝しながら、今日もパターンの思いに耳を傾けていこうと思います。

渡邊 優
1月11日
自分は分かっている・・・
久々にグループに出ると、今の自分がよくわかります。 人の話の最中に自分のことを考えていてちゃんと話を聞いていなかったなど、それもパターンでいたなど、今の自分を自覚する場面が多々ありました。 そして何よりも「自分は分かっている」というパターンです。 それは、分かっているから言われたくないにも通じます。 今年は学ぶ姿勢をしっかり持ちたいので、自分は何も分かっていないをしっかり腑に落としてあらゆることを学んでいきたいと思います。 今日はこれから二日目です。 しっかりと自分を見ながら参加してきます。

渡邊 優
1月9日
重心とか位置
パターンでいる時私は、重心が他人(外)になっているのがわかります。 それは、他人からの評価や視線、どう見られるかなど、自分をよく見せようとか、賞賛が欲しいなどの他人への重心(依存)です。 しかし「私」はどうありたいのかを考えると、そこでは重心が他人から自分に変わります。 自分の在り方という中心に重心が戻るのです。それは他人からではなく、自分で自分を認められる自分でありたいとか、襟を正したいとか、誠実でいたい、逃げずにいたい、強さを持ちたい、自分を理解できる自分でありたい、そのままを受け止められる自分ありたいなど、できない自分も含めて引き受けられる自分でありたいという、一見とても地味な在り方です。けれどこの地味さこそが他人に重心を置かない在り方だと思いました。 人の在り方というのは、本来そう在るのが自然なのかもしれないと思います。 自分に目線と重心を戻すこと。それは評価を得るためではなく、「私」として生きるための最低限の姿勢なのだと思いました。 今日はこれから1年ぶりの茅ヶ崎グループのセミナーです。 緊張もありながら、そして何よりも自分を見ながら学

渡邊 優
1月8日
自覚
自覚を持つ、ということが最近とても大事に感じています。 それは 今この瞬間、自分がどのパターンが反応してそれに気づき、何を選ぶのかだと思います。 パターンでいる時私は、自分に対して自覚を持つことは殆どありませんでした。 寧ろ自分はできている、分かっているとさえ思っていたのです。(何を根拠に!) またパターンが喜ぶことやパターンが満たされることを求め、パターンが嫌なことはしない、そんなパターン本意の在り方だったと思います。 他人を見ていると、「あ、この人は今、自覚がない状態だな」と感じることがあります。 けれどその視線を自分に戻したとき、全く同じことをしていた自分に気づいて、言葉を失いました。 だからこそ今改めて自覚を持つことの大切さを痛感しています。 日々の パターンの反応の中で何度も選び直していくもの、それが自覚なのだと思いました。 そしてそもそもまだ私の気づいていない、自覚していないパターンが多々あると思います。その一つ一つにちゃんと気づいて、自覚していくことを大事にしていきたいと感じました。

渡邊 優
1月7日
今年もこれ
昨日は年初めのピアノのレッスンがありました。 そこで反応したパターン、それが、言われたくないというものです。 一生懸命練習してきたから言われたくない、最後までやり切れたから言われたくない、言われた課題もこなしたから言われたくない・・・・そんなパターンの叫びです。反射的に反応するパターン、今年もしっかり向き合っていきます。 そしてそもそもレッスンというものを考えました。 レッスン + 教えを受ける、技術の習得、姿勢を学ぶ、アドバイスをもらう、練習、稽古、成長する 0 ただ一つの事象 ー あれこれ言われる、指摘される、ダメ出し、注意、怒られる、否定される マイナスの意味づけを見ると、パターンで受け取っているのがわかります。そしてプラスの意味づけでは、そもそもレッスンや学びというものは言われて当然であり、だからこそ学びになり、それは寧ろ自分の成長につながるというものです。だからレッスンなのだなと思いました。 意味づけの更新と、パターンのケア、今年も基本をしっかりです。

渡邊 優
1月6日
実家
久しぶりの日記です。 年末年始はほぼ実家にいました。 80歳を迎えた両親は、今までできたことが徐々にできなくなり、自分に憤りを感じたり、イライラしたり、はたまた子供返りをする姿を見ると、歳をとるということがどういうことか見せて貰っている気がします。それもパターンが子供の頃に貰えなかったもの(愛情)を欲しがるように私に甘える両親には、何故か理解と慈しむ思いが生まれてきました。両親も私と同じように何かを親に求め、それを貰えなかったんだなとです。 幸いなことに私は、自分で自分に与えるということを学びましたが、殆どの方はそれを貰えずに生きています。「本当はもっと愛されたかった」という思いと、「それをくれなかった両親に対する怒りや恨み」です。この不一致で、人は苦しむのだと思いました。私も体験済みです。 自分のことを思い返しても、両親に対するパターンをケアすることは非常に大事だと思います。 このパターンがケアされないと、心の根底に怒りや恨みが残ると思うのです。少なくとも私はそうでした。それを原動力に生きた時期もありましたが、そのエネルギーは体を毒します。何故

渡邊 優
1月5日
今年ともにいたパターン達
あっという間に一年が過ぎ、もう年の瀬です。 年初から本格的に取り組んだプライドにまつわるパターン、そして誰かに甘えたいパターン、賞賛を欲しがるパターン、今の自分に満足しないパターン。 振り返ると、それらはどれも、私にとって厄介でありながら、同時に多くのことを教えてくれました。 それは自分を理解するということが、やがて人間理解へと繋がっていく構造があることをです。 自分から始まり、理解が広がっていく。もしかしたらあらゆるものがそのようにできているのかもしれません。だから、まずは自分のことをです。自分の内側(パターン)を置き去りにしたまま前に進もうとすると、パターンは不満を覚えます。それだけパターンは注目して欲しいし、分かって欲しいのだと思います。もしかしたらそのパターン達は、子供の頃に貰えなかったものをただ求めているだけなのかもしれません。だから「私」が必要なものを与え、そして時には躾ける。 そんな関係性を築くのも、「私」の役割に感じます。 そして今改めて思うのは、全ては自分からです。 自分から変わろう、変えよう、パターンを見続けよう、受け止めよう

渡邊 優
2025年12月30日
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