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他人の賞賛
他人の賞賛が欲しい・・・ 私のパターンです。なぜなら、他人から賞賛されれば自分に価値を感じられるし、承認欲求も満たされるし、自分の自信になると、パターンは思っています。そしてそれをもらえないと、パターンは怒ります。ということは、パターンの求めるものは他人からはなかなか貰えないということです。そう思うと他にもパターンの求める、愛、理解、許し、お金、地位、名誉、技術、人より優れているもの、などなどは、そう易々とは貰えないのだと思いました。もしかしたら他人も同じように求めているからかもしれません。 そう考えると、自分で自分を褒められたらどれだけいいだろう思います。私はこの部分を全くしてきませんでした。そしてここにもパターンがあったと気付いたのです。自分を褒めるのが苦手なパターンです。自分を褒めるなんて謙虚じゃない、ナルシストだ、自惚れだ、他人が聞いたら引くだろう、そもそも自分を褒めるところがない、などなど、パターンの思う自画自讃です。そして自分を褒めることのもう一つの意味づけに、謙虚さがあると思いました。それは他人に求めない、利用しない、自分でやってい

渡邊 優
2025年11月18日
価値について
私のパターンで、地位や権力にには価値がある、というものがあります。 なぜならば、皆んなが一目を置くし、その人の言うことに従うし、誰からも認められるから、だから権力や地位には価値があると、パターンはそう信じています。そしてそれらを持っている人の前では何だか自分が下になったような、負けているような気がして萎縮するのです。あ〜自分はダメだなと・・・ そして思い出したのです。以前私が小さな会社をやっていた際、少なからずこのパターンが満たされていたのを。そして上には上がいて、そういう人達の前では同じように萎縮していたのをです。ということは地位や権力欲には際限がなく、満たされたり萎縮したりと変動するということです。 あるときは地位や権力があり、またあるときは実際に失脚したり、何かの出来事で地位や権力を失うこともあります。そんな時に本当に問われるのが、人間の在り方だと思いました。 最近思うのは、本当に価値があるのは精神性であり、それは人の在り方や生き方に自然と現れます。 それは本人にしかわからない内側の出来事で、他人には見えないし分かり得ないことかもしれません

渡邊 優
2025年11月17日
魂を込めて
立派な人たちの話を聞いたり読んだりしていると、偉業を遂げた人達ほど、日々の当たり前のことに魂を込めてやっているように思います。掃除からトレーニングまで、あらゆる今、やることに真剣に向き合っている、そんな姿勢が伺えます。 私も朝の祈りから、あらゆるワーク、自分を見る姿勢、ピアノ、筋トレ、読書など、その一つ一つをただやるのではなく、丁寧に、真剣に魂を込めてやっていこうと思いました。 今日はこれから家族旅行です。 大人になってから行く旅行もいいものです。 私は家族の中でも次男だったので、色々と甘えさせてもらいました。してもらうことが多い立場でしたので、今日は私から何か与えらたらいいなと思っています。 家族が幸せを感じられる旅行、それを目指して行ってきます。

渡邊 優
2025年11月15日
自分を知る方法
自分を知る方法は二つあると思います。その一つが、感情が出た時などに自分のパターンから自分を見るというもの、そしてもう一つが、他者との比較において、自分を知るというものです。 世の中には自分よりすごい人は伍万といて、そんなすごい人を知った時、あ〜自分はまだまだだと実感するのです。そこではパターンの出る余地がないほどの差を感じ、自分は何もわかっていなかったと実感するとともに、自分も頑張ろうと思えるのです。それは悔しさなどではなく、どこかで励まされているような感覚です。 本当に立派な人を前にしたり、聞いたり、読んだりした時、不思議と尊敬の念が生まれるのはきっと、自分よりも圧倒的な努力の差を感じるからだと思います。 大事なことは、現実という広い世界から自分を見た際、現実の自分の実力はどうだろうと直視する力が必要です。そして自分の知らないことや経験のないこと、理解の追いつかないことは山ほどあり、だからこそ少しでも学んで経験して、驕らず弛まず努力精進する必要があるのだと思いました。 あらゆる所から自分を知り、それを養分に変えていこうと思います。

渡邊 優
2025年11月14日
理想の兄
先日、兄と両親が口論となり、それを見ていた私は盛大にパターンに引っかったのです。 何とも言えない不快感、そして少しの腹立たしさと共にある虚しさと寂しさ、そんな思いが湧き上がりました。 理想の兄じゃなきゃ嫌だというパターンです。 私が子供の頃に見ていた兄は、優しくて穏やかで、包容力があって、何でも受け入れてくれる器の大きな理想の兄でした。その理想の兄とそのとき見た兄はまるで別人で、どうしても受け入れられなかったのです。許せないようなやるせないような、腹の底にモヤモヤしたものを感じました。 そんな理想の兄を求めるパターン、子供の頃から変わらずに兄のことが好きな「理想の兄じゃなきゃ嫌だ」というパターンに今朝は語りかけをして、これからの兄に対する自分の在り方を考えていました。 今まではしてもらうことが多かった私ですが、これからは私が兄に、色々話を聞いたりして理解し、自分が兄を支えていきたい、そんなことを思いました。 パターンはパターンでしっかりケアして、兄に対する感謝と尊敬を大事に、兄との関わり方を変えていこうと思いました。

渡邊 優
2025年11月13日
普通とは
両親や兄、そして祖父母を見ていて思ったのが、私は全く普通の人間だということです。 しかしパターンは特別になりたがります。特別な自分、特別扱いされる自分です。なぜならば、特別であれば皆んなから一目置かれて、自分のいうことを聞くし、思い通りに生きられると、そうパターンそうは信じています。そしてこの特別で在りたいパターンは劣等感の裏返しでもあります。特別になることで劣等感埋められると思っているので、そちらのパターンのケアも必要だと思いました。 そんなパターンのケアをしながら最近思うのは、普通の自分でも十分幸せに生きられるということです。五体満足で、ご飯が美味しく食べれて、家族や友人がいて、そしてその普通の自分を良しと思えたらもう十分幸せだと思いました。 普通は悪でも低いことでも何でもない、幸せだということです。 普通の家族に、普通の祖父母、でもそこに小さな個性がある。そういったものを大切にしたいと思いました。

渡邊 優
2025年11月11日
両親の終活
今週末は両親とまた旅行に行ってきます。 六月に行った修善寺温泉です。前回行ったのがよっぽど良かったのか、今回は母親が全部出すからと言って両親と兄の4人での旅行です。 そこで思ったのは、あ〜、私は全然気づいていなかったのだということです。 パターンでいるときは理想のを両親を求め、言われたことやされたことに囚われて、本当は愛されていたことに気づいていなかなかったのです。私には子供がいないのでわかりませんが、もしかしたら親の子供への愛は、なかなか子供には伝わらないのかもしれないと思いました。 気を使わないで子供達と旅行に行きたいと言っていました。それは両親の終活です。 体もどんどん不自由になり、痛いところも増え、これが最後かも知れないと父は言っていました。 こうやって人の一生は終わっていくのだなと、何だか両親から教わっている気がします。 終わりよければ全てよし、できる限り二人のパターンを軽くして、見送りたいと思いました。 そう思うと、両親から教わったことは山のようにあります。 パターンが強い私だから、許すことや受け入れることは本当に苦手で、そこに一石を

渡邊 優
2025年11月10日
大人とは
大人になる、その大切さを考えていました。 見た目の大人ではなく、内面的な大人です。自分で考え、自分で決めて、行動に移して行く、そしてその結果の責任も引き受ける。同時に自分の中で起こること、感情やパターンも引き受けるのが本当の大人だと思いました。 思い返せば私は随分甘えていたのだと思います。それは誰かの指示に従っている方が楽ですし、故にどこかで他責にできるからです。 そして他人に対しての怒りや恨みも甘えの裏返だと思いました。この自分を大事にしてくれない怒り、この自分をわかってくれないもどかしさ、本当はわかって欲しい、でもそれがもらえない時、パターンが他人を恨み、怒りや憎しみとして出るのです。 きっと本当の大人とは、そんな自分のパターンを全て面倒見れて、その上でこれからの自分のことを考え、どうして行くのか、その自分の全てに責任を持てるのが、大人だと思いました。 自分はどうありたいのかと聞かれたとき、きっと私は自立した大人でありたいと答えます。 覚悟とコミットを持って、そこを目指します。

渡邊 優
2025年11月8日
一人の時間
昨日は旧友と飲みに行ってきました。 昔話に花が咲き、当時を思い出して馬鹿笑いして楽しいひと時を過ごしました。 そして家に帰ってからはまた一人の世界となり、自分を見る時間になります。 どんなに気心が知れていても、家族であっても、人間は一人なのだと最近実感します。 それは、それぞれがそれぞれの世界を持ち、別々の道を生きているということです。ですからその世界を汚しちゃいけないし、介入してもいけないのだと思いました。 私は今年に入って一人の時間が多くなり、自分のことは自分でやる、この意味が少しわかるようになってきました。それは、自分の中に起こることは自分で面倒を見るということです。 それを他人に依存し、他人に何とかしてもらおうと思っていた時はどこかに不安と恐怖がありました、その不安と恐怖を誰かに何とかしてもうおうと思っていたのです。そうすれば安心できると信じていました。 不思議なもので誰かに頼りたいと思っていた時よりも、自分で引き受けると決めた今の方が自分の中に安定感があります。それは少しづつ何かが育っているのだと思います。それが強さであり、覚悟なのだと

渡邊 優
2025年11月7日
パターンを許せているか
昨夜釣りをしていると、隣の人とその隣の人とで一悶着ありました。 それを見ている中で、あっ、パターン同士が揉めているのだなと思ったのです。そして胸の辺りに軽い締めつけがあり、どこかで嫌悪感を抱きました。 片手に竿を持ちながら自分のパターンを探していると、パターンでの行動はいけないものだというパターンに気がつきました。自他のパターンを許せないパターンです。それは自分のパターンだけでなく、他人のパターンも許せません。これはいけない、これはだめ、あれもだめと自他をジャッジします。 パターンはダメだ、いけないものだと言っているパターンをもう一度ケアしようと思い、海を前にして語りかけをし、そして白黒ワークをしました。黒パターンの中では相変わらず窮屈さと締め付けを感じ、白の部屋では「もしかしたらパターンはダメなものだと、もう決めつけるのはやめよう」こちらを選ぶと肩の荷が降りたような開放感を味わいました。ということは、こちらが私にとっての真理です。 そして黒パターンは何のためにあるのだろうと考えました。 それは、必要だからあるのだと思います。ハッキリしているのは

渡邊 優
2025年11月6日
一貫しているもの
他人の評価を気にするパターンが私にはあります。 それは他人の評価で自分の価値が決まったり、他人の評価が自分への自信や自己肯定感に繋がるとパターンは信じているからです。 しかしここ最近の課外授業での学びでは、一貫して人の在り方について説かれています。 京都では当時の僧侶の在り方と作法から、また昔の日本人の信仰心の深さや、時の天皇が作った様々な国宝などから人民に対する思いが伺えます。 松下政経塾では、人としての生き方や在り方を素直と表現し、その教訓が「企業は人なり」「真の繁栄は心の繁栄から」などの言葉からも垣間見れます。 それは自分は何を信じ、何を求め、どんな意識でいたいのか、何に集中したいのかなど、在り方を問われている気がしました。きっと真理はこちらなのだと思います。 以前他人の評価とは、他人のパターンが評価しているのよと先生から教わったことがありますが、それは当てになならいということであり、真理ではないということだと思いました。 先人たちが伝えている一貫しているのも、それが人の在り方であり生き方です。 パターンの先にはきっと、そちら側で生きる喜び

渡邊 優
2025年11月5日


「素直」
私の家から歩いて10分ほどのところに松下政経塾があります。松下幸之助氏が作った次世代を担う日本のリーダー輩出のための私塾です。 松下先生は85歳で最後の事業としてこの塾を立ち上げ、5年間はこの塾で 精力的に 松下哲学を教えていたそうです。現総理の高市早苗氏や元総理の野田佳彦氏もこの塾の卒業生です。 そんな松下政経塾の見学会に参加して来ました。(費用はかかります) 塾内にある松下先生が作った根源社という社です。伊勢神宮と同じ作りだそうです。 松下先生はここで、素直な心でありすように、素直な心でありますように、素直な心でありますようにと、一万回祈りを捧げてやっと、素直の初段になれたと仰られたそうです。あれだけの方がそんな風に思われていたとは、いや、あれだけの方だからこそそうなのだと思いまいました。 茶室「松心庵」に掛けられた「素直」の掛け軸。どんな才能よりも、どんなセンスよりも、頭の良さやキレよりも「素直な心」が一番大切だと仰られているようです。 後で分かったことですが、ここでの素直とは、真理の前に自然と頭が下がる謙虚さや、自分の思惑を手放して「天の

渡邊 優
2025年11月4日
保身
保身のパターンと向き合っています。 私は人前に立ったり人前で話すのが苦手です。その理由を考えると、受け身でいた方が安全だ、というパターンに思い当たりました。それは自分を晒すのが嫌で、ダメな自分がバレないか、はたまた自分が何かを言ったことで責められないか、怒られないか、そして傷つかないか。そのように自分を守るパターンです。 思い当たるのは、このパターンが強いまま前に進もうと行動すると、もの凄くエネルギーを使い疲れることです。それはまるでブレーキを踏みながらアクセル全開のようなもので、心の中では嫌だと思いながら、ビクビクしながら人前に立つのです。そして必要なことにも気づけず、言えずに終わります。 「これでいいのか自分」 ここは私が 一念発起して、自分を変えるべく立ち上がる時だと思いました。 誰に言われるでも、やらされるでもない「私」が自分を面倒見ていくのです。 それはパターンをケアするだけではなく、前に進める推進力です。 新たな船出に出る気分です。

渡邊 優
2025年11月2日
ネガティブだけじゃなく
最近自分のパターンを見ていて、パターンはネガティブな感情だけではなく、ポジティブな感情もよくだすのがわかりました。ネガティブな感情は当然不快なのでわかりやすいのですが、ポジティブな感情は快なので見落としがちです。そしてそれもネガティブと同じだけありそうです。 他人に認められた時の嬉しさ、他人といる時の楽しさ、褒められた時の喜び、通じあっているかのような分かり合っているかのような一体感、それをよ〜く見ていくと、パターンが喜んでいるのがわかります。それは高揚感として現れます。 それがいけないのではなく、誰がそう感じているのかを見分けないといけないと思いました。 その一つ一つの観察が、自分を育てていくのだと思います。今自分は何を選ぶのかと。 パターンとなるのか、「私」として機能するのかです。 世の中には沢山のパターンを刺激するものがあります。 物、インターネット、SNS、様々な情報、夜遊び、それらもちゃんと選ばないと、ただパターンを刺激して終わりそうです。 楽しそうに見えるものこそ、パターンを刺激し、パターンを満たすのだと思います。 そのあたりを見る目

渡邊 優
2025年11月1日
複雑に絡み合った糸
先日の先生とのセッションから、パターンが複雑に絡み合った糸を解く作業をしています。 本来一つのパターンであったはずが、そのパターンのケアを怠ったため更にパターンを生み、そんな複数の絡み合ったパターンのケアしています。 そこで以前から先生より指摘のあった、権威や地位には私は弱いところがあるので、権威や地位には価値がある、というパターンをケアしています。 権威や地位に弱い、それは社会的立場です。役職や社長という立場、所属している団体が大きければ大きいほど偉いと感じますし、先生や医者や学歴、そのような地位を持っている人に対しても偉いと感じます。そして自分と比べ、自分を卑下するというものです。このパターンが強いと他人を対等に見ません。相手を自分より上とみなしたり、また逆にパターンから見た自分よりも地位の低い人に対しては、今度は自分を上だとみなします。無言の差別にも繋がるのです。 そしてこの地位や権威にはなぜ価値があるかですが、 なぜならば、皆んなが一目置くし、その人の言うことに従うし、誰からも認められると、あなたは思っているからなんだね。というものです。

渡邊 優
2025年10月31日


タイムスリップ
昨日一昨日と京都奈良に行ってきました。千年前にタイムスリップした古都巡りです。 中学生のとき、修学旅行で一度行っていますが、当時の記憶は全くなく、一体何を見て来たんだ自分は?と違う意味で驚かされました。もしかしたら私が死んだ後も、自分は一体何しに地球へ、今生に行ったんだ?と後から気づかないよう、今をしっかり生きようと改めて思ったのが、京都での最初の印象でした。 ツアーの方から色々教えて頂いた中で印象的だったのが、仏像や銅像は見学するものではなく、祈りを捧げるものだということです。ただ見るだけではなく、是非千年前の時の霊能者たちが作った仏像で祈りを捧げて、その祈りを天に上げて下さいというものでした。 当時そこで何を学び、何に気づき、どんな思いで修行僧たちが祈りを捧げて来たのか。そんな想像を膨らませながら私も同じ仏像の前で祈りを捧げ、今生をしっかり生きると誓ってきたのです。 今も昔も変わらずにそこにあるもの。 それは私たちの内にある、本当の「私」それだけだと思います。 それを求め、それで生き、そして天と共にある。あらゆる宗教も教えもその一点に集約され

渡邊 優
2025年10月30日
それをどう活かすのか
パターンに気づいてケアしたり、もしくは何かの意味に気づいた際、そこで終わりではなく、それを自分にどう活かすのか、実はこれがとっても大事だと思いました。 生きるとは選択の連続で、無意識でいると今まで通りのパターンの反応で選択をしてしまいます。(私も本当によくある)そこを変えるのがパターンに気づくことであり、様々なワークだと思います。そして真に大事なのが、実践編だと思いました。 外に出ると人との関わりは避けられません。そこでパターンが騒ぐ、その時に気づいて何を選ぶのか、ここが試されるところだと思います。以前は反応的な対応ばかりで、それこそ人は変えられないと諦めていたところですが、最近はこここそしっかりやろうと思っています。以前と違うのはこのやりたいと思うところです。変えたい、変わりたい、これは実践の場で磨かれるものだと思いました。 そして姿勢が受け身でいると保身のパターンが騒ぐので、そこは積極的に関わっていきたいところ。

渡邊 優
2025年10月27日
自信とは・・
自信があるとはどういうことだろう・・・ 私の場合、他人からの評価が悪いと傷つくというパターンがあります。と同時にパターンは自信をなくしたとも言います。ということは、自信があったということです。自分の現実はできていなくて、わかっていないにも関わらず、パターンは自信を持っていたということです。で、他人からあれこれ言われたり、本当の自分という現実を突きつけられると、パターンは自信をなくすのだと思いました。 ということはパターンの持つ自信とは、幻想やファンタジーの世界で勝手に自分像を築き上げているだけのことだと思います。 これでやっと腑に落ちました。 自信をなくすとということは、自信があったからであり、自信があるから傷つくのだと思います。そしてそれは、プライドという自信で構成されているのだと思います。 プライドが幻想の自信を抱いて、ある意味自分を守る、そうやって傷つかない方に行こうとしているのだと思いました。 そう思うとパターンから目を覚ますのは大事なことで、そこからが本当の始まりのような気がします。 自信は必要ない、以前そう教わった気がします。確かに「

渡邊 優
2025年10月26日
それは誰が?
それは誰が聞いているのか?誰が言っているのか?誰がやっているのか?誰が欲しがっているのか、誰が食べたがっているのかなど、パターンで思考し、パターンで行動し、パターン通りに生きてきた私は最近この辺りを大分気にしています。それほどパターンが染み付いているからです。 それは決して悪いことではなく、自分に気づくための肥やしであり、正しい道だと思いました。 パターンとは悪ではなく、私を育てるための存在かもしれません。そう考えるとあっていいしあって欲しいものです。 語りかけの中にある「あたなはそのままそこにいていいからね」この言葉の慈悲が今更ながらにわかった気がしました。以前先生から言われた「あなたの中にあるものでいけないものは一つもない」それは、裁くものは一つもないという意味だったのだと思います。 それは誰が?と問いながら、パターンを裁かずに共にいようと思います。 それだけでパターンは静かになる気がします。

渡邊 優
2025年10月24日
自分との小さな約束
日記を書くこと、ワークをやること、本を読むこと、ピアノの練習をすることなど、自分との小さな約束を守ることは大事なことだと思います。特に私は中学の時国語が1だったので、文章を書いて人に見せるなど言語道断とすら思っていました。特に最初の頃は毎日が苦痛で、蕁麻疹が出たほどです。それでも自分との小さな約束を守ったお陰で、国語が1でもなんとかなるもんだと小さな喜びがあります。それは自分を肯定できる嬉しさです。コンプレックスがコンプレックスじゃなくなるという感覚です。 そうして自分との小さな約束を守った分だけ、小さく自分を褒めてもいいと思いました。 その数だけ自分を少し成長させ、少し前に進め、少し自分を信じる事ができるようになります。少し大人にさせるのです。 そしてこの約束は、絶対にしないことも大切だと思います。 体調が悪いときもあれば、予定があってできない日もある、そんな柔軟性も絶対にしないことで育まれます。 大切なことは、自分との約束を大きくしないことです。大きくすると執着に変わり、守れなかった時に罪悪感へと変わります。また守った時には俺すごいとなり、パ

渡邊 優
2025年10月23日
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