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  • 執筆者の写真: 渡邊 優
    渡邊 優
  • 4月27日
  • 読了時間: 1分

最近は、自分を知るたびに、謙虚さについて考えさせられます。

謙虚さとは、本当の意味で自分をよく分かっていないと謙虚にはなれないのだと思いました。


それは、自分の慢心や、おごり、狡さ、卑怯さ、弱さ、その自分を知るからこそ、謙虚になっていくのだと思います。だから謙虚と言うものは、振る舞いでも、そうしようとするものではなく、自分を知れば知るほど、自然とそうなっていくものだと思います。


私も自分のパターンでの慢心を知るたびにショックを受けますが、ショックを受けると言うことは、自分ではそうとは思っていなかったということ。その時点で、もう傲慢なんです。自覚がないと言うのは、一番の傲慢さのような気がします。


最近も自分がパターンでいたことに気がつきましたが、それは、「自分はわかっている、知っている」というパターンでした。それが後になって分かった時、血の気が引く思いでした。ショックを受けながらも、鎧をまた一つ脱いだような気もします。


そうやって、パターンではない「私」に、少しづつなっていくのだと思います。

道は長いですが、自分に気づいて生きていくということが、とても大切に思います。

謙虚になるとは、その積み重ねなのだと思いました。

 
 
 

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