- 渡邊 優

- 2024年11月19日
- 読了時間: 1分
パターンという決めつけの世界にいると、それ以外の選択や考えが思いもよりません。
私の場合、怒られたくない、責められたくないというパターンがありますが、それは私は怒られている、責められている、とパターンは決めているということです。他人からの意見や指摘を全てそのように受け取ると、中々そこにある真意を受け取れません。心ある人が私の間違いを指摘したとしても、間違いに気づけずに、怒られた、責められたと受け取るということです。ここに、パターンの弊害があります。一言でいうと、勿体無いというものです。
最近マントラとして、
もしかしたら、他人が自分に指摘したことを、怒られている責られめていると、もう、決めつけなくてもいいのかもしれない。
をぶつぶつと唱えていますが、これは語りかけと同じくらいの威力がある気がします。
体の力が抜けて身軽になり、必死に守っていた強固な鎧が壊れていくようです。
他にもまだまだ決めつけなくてもいいものがあるのだろう。
それを一つ一つ脱いでいこうと思います。

コメント