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  • 執筆者の写真: 渡邊 優
    渡邊 優
  • 2021年8月12日
  • 読了時間: 2分

最近ちょこちょこ出てくるパターンがあります。

それは、力とか、権力のある人に認められたいというもの。

そういった力、権力のある人の前にいるとどこか顔色を伺っている自分がいます。それはまるで、そういう力のある人に認められたり、大切にされたら、自分も同じ力をもった気になれるし、いい思い(得する)ができるかもしれないし、力、権力のある人に認められることは自分に価値があるということだ。だから、力や権力のある人に認められたい。そんな私の黒パターンです。


でも、よくよく思い返すとこのパターン、学生のことからあった気がします。

それは、クラスの力のあるグループに入りたい、今で言うスクールカーストの上位になりたい。

そうすれば自信になると思っていたし、自分に力があるのだとも思えたし、チヤホヤされるかもしれないと・・それほど、他の力や何かの力を借りてまで自分を支えようとしているのだと思いました。


そんなことを思い返すと、色々な経験の中でこのパターンは作られてきたのだと思います。


長い物に巻かれるとはきっと、社会ではよくある光景の一つかもしれませんが、やはり顔色を伺うとは気持ち的にもドギマギしますし、何よりも非常に不自然です。

自然であるとはきっとそのままの自分でよくて、誰に迎合するわけでもなく、ただただ自分でいいんだと思うのです。


もう誰かの力で自分を支えるのはやめよう。

もうそのままの自分でいいを選ぼう。


このあたりを強く選んでいこうと思いました。

 
 
 

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