top of page
  • 執筆者の写真渡邊 優

自分のポンコツなところって、ありませんか?私には沢山あります。

しかもそんなポンコツな自分をパターンは必死に隠そうとします。ダメでカッコ悪い自分は出したくないし、自分でも見たくないのですね。


でも、ポンコツでダメだと思っているのは自分だけ(パターンだけ)で、周りからはそうは映っていないのかもしれない。寧ろおっちょこちょいで、カッコ悪くて、間抜けなところがあっても、汗をかいて頑張っている後ろ姿に人は、応援したくなったりします。これって、そこに魅力があるってことじゃないですかね。


容姿端麗で頭も良く、一つも隙がないくらいの完璧な人間よりも、少々おっちょこちょいくらいでドジっ子くらいが好感を持てる。

短所は長所と言われる所以だと思います。

だからこそ、自分の短所も大事にしていけたらいいと思う。自分の短所を責めて嫌うのではなく、

そんな短所がいっぱいあるポンコツな自分を愛せたらどれだけ楽になれるのだろう?


自分をさらけ出しながら頑張っていくことに、価値があるのだと思います。


ポンコツでもいい、頑張っていこう!

最新記事

すべて表示

ただそこにあるものとして

パターンに対して、パターンはいけないもの、ダメなもの、利己的で不快なもの、自他に迷惑をかけるもの、以前はそんな風に捉えていました。だってパターンのせいで苦しい思いもするし、怒られるし、まだ自分はそんなことに囚われているのかと自分を責めてしまうし、自分のレベルの低さを思い知ってしまい、そんな自分が受け入れられないし嫌だったんです。 でもパターンって本当に子供で、彼らが求めているものは、愛されたいとい

引き受ける

自分の中に起こっていることを、全て引き受ける。 といっても「あんにゃろ〜あんなこと言いやがって、このやろ〜こんなことしやがって、ムカつくやつだ!」などと思うこともしばしばあります。そして改めて思うのは「と、あなたは思っているんだよね」という言葉を紡いで、結局全て自分の中で起こっていることは全部自分の問題なんだよな〜と、思えるようになったことが、私の最近の一番の変化だと思います。 この、思えるように

求めているもの

今改めて、本当に私が求めているものを考えています。 以前であれば、他より優れることやそれを証明できるもの、もしくは他より良い持ち物など、自分がどれだけそれがあることで幸せに成功しているか、そんな自慢ができるものだったと思います。また自由もありました。それはお金で買える自由です。時間や食事に、好きな時に好きなものを食べたり、したり、買えたりと、それこそパターンが望む自由です。 そして改めて考えると、

bottom of page