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  • 執筆者の写真: 渡邊 優
    渡邊 優
  • 2019年11月26日
  • 読了時間: 1分

更新日:2019年11月26日

昨日、明らかに嫌われたな・・・と思う体験をしました。

相手のある事なので、詳しいことはここでは割愛しますが、

私の中の「嫌われたくない」という黒パターンは当然騒ぎ、ショックを受け、傷つき、悲しくなる。

このような体験を一通りしてから、全てのワークを駆使して自分を立て直し、最後に見えてきた白パターンは、「嫌われた事実を受け止められる自分になろう」でした。

その中にいると、いやに腹落し、腹が据わる、肝が据わるという、堂々とした潔さを感じました。


過去の自分であれば、他人に自分の正当性(嫌われる筋合いはない)を聞いてもらい、慰めてもらいながら、傷ついた自分をどうにかして立て直していました。

または、嫌い返したりしながら、目の前の事実を受け止めようとはしませんでした。


今は、この嫌われる経験を通して、自身に人間的な成長を感じられたり、ほんの少し強くなれたりする自分を感じます。

そう思うと、この嫌われる経験を与えてくれた相手に感謝すら覚えます。

不思議なものです。

過去の自分であれば、憎しみや恨みすら感じる相手に対して、今では感謝に変わるという、本当に変わった体験をしています。


こんな新たな体験に感謝です。



 
 
 

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