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  • 執筆者の写真: 渡邊 優
    渡邊 優
  • 2025年12月29日
  • 読了時間: 1分

自己探究というこの道は、一人の道なのだと思いました。

その一人とは、他人に分かってもらおうとしない、他人に自分の居場所を求めない、そんな立ち位置の違いだと思います。


私も以前は、友人や彼女といることで自分は一人ではないことを確認し、安心していました。

しかし本来の自己探究とは、誰といても、一人でいても、どこにいても、

立ち位置は変わらない一人の「私」でいること、だと思ったのです。

他人はいるけど寄りかからない、普通に話すけど迎合しない、そんな関係性に変わるのだと。そしてそれは、精神的な自立だと思いました。


そしてそれを教えてくれたのが「誰かに甘えたい」や「一人では生きられない」というパターンたちです。それらは変わらずそこにあるのですが、そのパターンがあるからこそ、一人で立つ大切さや、自分で決める強さ、引き受けるという覚悟、責任、自分という人間に対して責任を持ちたいと思えたのです。


そう考えるとパターンから教えられることは山ほどあります。

陰があるから陽を知ることができるのと一緒です。


来年も倦まず弛まず、この一人の道を確かに歩んでいくのだと思います。

 
 
 

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