top of page
  • 執筆者の写真渡邊 優

最近自分のことを見て、考えていると、自分、創造性に乏しいのではないか?と考えるようになりました。創造性を養うために、バレエに通ったりしている訳ですが、創造性という自己表現を意識してバレエをしたこともなく、来週からのバレエは、自己表現というのを一つ意識してみようと思います。


そして人前で話すことも、こうして文字に起こすことも一つの自己表現ですが、他人の自己表現を見て、いいな〜、すごいな〜、羨ましいな〜と、素直に思う時もある。

でも、自分にそれがないからといって悲観する訳でもなく、ないなら鍛えてもいいんじゃないか?と思うようになりました。


創造性という自己表現なので、これが正しい、ということもないのだとは思うけど、基本の基はきっと必要で、そこはバレエを通して意識的に学んでみようと思う。


沢山の情報と効率化という世界にどっぷり浸かってきた私ですが、これからは個の時代。

おそらく、個人の創造力が大事になってくるのだと思うのでした。


まずはやってみよう。

最新記事

すべて表示

ただそこにあるものとして

パターンに対して、パターンはいけないもの、ダメなもの、利己的で不快なもの、自他に迷惑をかけるもの、以前はそんな風に捉えていました。だってパターンのせいで苦しい思いもするし、怒られるし、まだ自分はそんなことに囚われているのかと自分を責めてしまうし、自分のレベルの低さを思い知ってしまい、そんな自分が受け入れられないし嫌だったんです。 でもパターンって本当に子供で、彼らが求めているものは、愛されたいとい

引き受ける

自分の中に起こっていることを、全て引き受ける。 といっても「あんにゃろ〜あんなこと言いやがって、このやろ〜こんなことしやがって、ムカつくやつだ!」などと思うこともしばしばあります。そして改めて思うのは「と、あなたは思っているんだよね」という言葉を紡いで、結局全て自分の中で起こっていることは全部自分の問題なんだよな〜と、思えるようになったことが、私の最近の一番の変化だと思います。 この、思えるように

求めているもの

今改めて、本当に私が求めているものを考えています。 以前であれば、他より優れることやそれを証明できるもの、もしくは他より良い持ち物など、自分がどれだけそれがあることで幸せに成功しているか、そんな自慢ができるものだったと思います。また自由もありました。それはお金で買える自由です。時間や食事に、好きな時に好きなものを食べたり、したり、買えたりと、それこそパターンが望む自由です。 そして改めて考えると、

bottom of page