top of page
  • 執筆者の写真: 渡邊 優
    渡邊 優
  • 2019年9月10日
  • 読了時間: 2分

仮釈放 著 吉村昭を読んで。

浮気した妻を刺殺し、浮気相手を殺傷し、その母親を焼殺し、無期懲役に服した犯人が刑法に従い、15年目で仮釈放となった。

どれほど待ち望み、待ち焦がれた「自由」を犯人(菊谷)はこの実社会で享受することができるのか?という内容のものでした。

菊谷が望んでいた自由とは、白米があって、美味い飯が食えて、酒が飲めてタバコが吸えて、自分を見張る煩い刑務官もいない、そんな自由だったのです。

しかし現実は全く違っており、自分の素性をひたすらに隠し、嘘をつき、会話の端々に気を遣い、人の顔色を伺い、怯え、人との会話も減り、人を極力避けるようになり、受刑者であったことを気づかれまいとして、闇の中で息をひそめるようにして過ごすという、服役中に望んでいた自由とは程遠いものだったのです。

寧ろ刑務所にいた時の方が、自分の素性を知っている人がいて、理解してくれている刑務官いて、会話はできないが似たような仲間がいて、そことは心が通じ合えてる。刑務所にいた時の方が寧ろ自由であったと、菊谷は思うようになるのです。

自由とは外側だけに求めるものではなく、内側にあるものかもしれないと、考えさせられる内容でした。

人というものは、理解されたり、分かり合えたりすることで、自由を感じられるものなのかもしれません。

私たちのやっているパターンのケアも、理解し、受け入れ、少しずつ心を自由にしていっているものだと思います。

改めて自由というものを考えさせられる作品でした。

 
 
 

最新記事

すべて表示
分かっていなかった

自分のパターンを見ていて気づいたことがあります。 それは私の「言われたくない」というパターンは、「あれこれ言われない自分」だと信じているということ。また「負けたくない」というパターンは自分は勝てると思っているし、自分の方が上だとも思っている。そんなパターンの裏側というか本音に気づいたのです。 その瞬間私は、たまらなく恥ずかしくなりました。まるで今まで見ないようにしてきた自分の姿を、突然鏡を突きつけ

 
 
 
パターンを嫌うパターン

昨日は先生との個人セッションでした。 内面的な話がほとんどなのですが、その中で私が最近悶々としていたパターンを教えて頂きました。それが、「パターンを嫌うパターン」です。 以前にも、パターンはダメでいけないものだ、に語りかけていましたが、今回思ったのは、語りかけたからそれでパターンがなくなるわけではないということでした。 パターンはいつでもどこでも反応します。 反応しなくなるわけではないのだと思いま

 
 
 
今の自分ではダメだ・・

「今の自分ではダメだ」というパターン、茅ヶ崎クラスに出た後反応しているパターンです。 このパターンは、現実の自分を直視した瞬間や、誰かと比べた瞬間に現れます。 多くの場合、それは「もっと頑張ろう」「まだ足りない」という向上心に見せかけたり、「謙虚さ」に見せかけたりしていかにも前向きな顔で現れます。きっとパターンは、私を優劣という物差しの中に閉じ込めておきたいのかもしれません。 そして真反対の白パタ

 
 
 

コメント


​人成道

〒253-0033 神奈川県茅ヶ崎市汐見台

©2019 by 人成道. Proudly created with Wix.com

bottom of page