top of page
  • 執筆者の写真: 渡邊 優
    渡邊 優
  • 2025年4月28日
  • 読了時間: 2分

パターンは暴れ馬。

この意味が近頃よくわかります。勿論私のパターンを見ていてわかることですが、私の一番大きなパターンが、ここでもよく出てくる「プライド」です。

このプライドというパターンは、他人の言動に反応し、また自分自身にも反応します。自分自身に対しては、プライドに見合う自分になろうとしたり、またプライドに見合う自分になれない時にも強く反応します。それは自分自身にイライラしたり、はたまた焦ったり、幻滅したり、ショックを受けたり、腹が立ったり、憤りを感じたりと、自分に対しても他人に対するのと同じように感情が湧き上がるのです。それを見ていると、まさに自他を思い通りにしようとする暴れ馬だと思いました。


当初、先生からパターンは暴れ馬だと教わった時、強い憤りを感じたのを覚えています。

「この暴れ馬をなんとかしてやろう!」と意気込み、しかしどうにもならない自分に対して憤りを抱いたのです。今思えばプライドというパターンがなんとかしてやろうと思い奮起しましたが、しかしプライド自身が暴れ馬ですから、自分自身が手に追えない状況だったのです。


そんなことを振り返ると、まさしく暴れ馬だということがよくわかりますし、本当の意味で調教できるのは「私」しかいないのだと思いました。

パターンを躾けるのに必要なのは優しさだけではダメで、厳しさも必要だとここ最近はよく感じます。そして厳しさの中には自分を本当に変えていこうという意志力も勇気も強さも必要だと思いました。


今日も総動員で調教していきます。

愛とは深い。

 
 
 

最新記事

すべて表示
自分に恥じない生き方

自分に恥じない生き方をしたい。 最近強くそう思うようになってきました。 自分に恥じない生き方とは、生活態度を見直し、襟を正す。そして何よりも、白パターンを選んでそれを行動に移す。自分を見ていると、日々、一瞬一瞬が選択の毎日です。 思考も、行動も、心の在り方も、自分の選択で決まります。 それをパターンに任せずに、「私」で選んで決めていくということが、自分に恥じない生き方だと思いました。 自分に恥じな

 
 
 
私はそうは思っていないけど

語りかけにちょっといれる、「私」はそうは思っていないけど。 この一言で、我に返ったり、パターンとの距離がしっかりあるのがわかります。 パターンでいた時間が長ければ長いほど、意識はパターンと同一化しますが、この一言でパターンとの大きな隔たりを感じます。この距離感が、とても大事だと思いました。 今思い返すと、「私」がパターンに甘えていたのだと思います。意識的に生きることから、意志を強く持つことから、ど

 
 
 
生きてるうちに

自分の魂の課題を生きてるうちにクリアーしたい。そう思います。 魂の課題、それは、自立、そして、パターンではなく「私」として生きる、「私」の資質を使って生きる、そして創造する。などが挙げられますが、まずは自立だと思っています。 ここでの自立は、自分のパターンを満たすために他人を使わない、また他人のパターンを満たしにいかないということです。私の場合、他人を褒めたり認めたりする場合、自分が褒められたり認

 
 
 

コメント


​人成道

〒253-0033 神奈川県茅ヶ崎市汐見台

©2019 by 人成道. Proudly created with Wix.com

bottom of page