top of page
  • 執筆者の写真: 渡邊 優
    渡邊 優
  • 2021年9月17日
  • 読了時間: 2分

自分を見るというと昔は、自分の性格(占いに書いてあるような)とか、これを持っている、こんな特徴がある、どちらかというと、周りのものだったと思います。


また求めているものも、車だったり、お金だったり、綺麗なお姉さんだったり、知識だったりして、それは他人を説得できたり、他人から羨望を得たり、他人に勝てるものを求めていました。

それを持っている自分。それが自分だと思っていたんです。


しかし、本質的な自分を見るというのは、なぜそれを欲しがっているのか?

そこに、自分を知るということがあります。本当は自信が欲しかった、コンプレックスを隠したかった、負けたくなかった、勝ちたかった、モテたかった、そういった隠しておきたかった自分です。


そうやって自分を見ていくと時に自分が情けなくなる時がありました。

今までは何かを持っていて自信に繋がる、凄い、と思っていた世界から、本当は自信がなかったんだ。と自分の弱さを知ってしまったからです。本当は弱さやちっぽけな自分を隠したかったのであり、自分を大きく見せたかったという弱さから獲得していたものだったのです。


そういったことが、自分を見る。ということだったのです。

そこには現実の自分を知り、正しく自分を理解するという現実的な視線があります。

その視線は決してダメだしなのではなく、もう自分を大きくする必要はない、そのままの自分でいいというものです。


そう思うと、情けないと思う気持ちから、もう許そうという受け入れた思いに変わっていきます。

自分への眼差しって、そうやって変わっていくものなのだと思いました。

 
 
 

最新記事

すべて表示
ワイエス展

昨日は実家の用事を済ました後、東京都美術館100周年記念の、アンドリュー・ワイエス展に行っていました。 テーマは、「境界」と「世の無常」 こちらとあちらの境界、生と死。そして色をあまり使わないで表現している「世の無常」 私は、世の無常というのが、とてもスッキリ感じました。 アンドリュー・ワイエスは、実父の死から「世の無常」というテーマで作品を作ったそうですが、そこからは感じたのは、個人にどれほど大

 
 
 
バドミントン

昨夜は友人に誘われて、近くの体育館でバドミントンをしてきました。 もう何十年もやっていないバドミントン、軽く体を動かすつもりで行ったのですが、とんでもない、本気の集まりのバドミントンサークルだったのです。 ルールもわからずラケットの持ち方から教えてもらうのですが、その前に、試合でミスをしたら「ごめんなさい」とダブルスのペアの相手に謝るのがマナーだと教わりました。今夜は謝ってばかりになりそうだなと思

 
 
 
弱さとプライドはセット

自分は弱い、というパターンへの語りかけをしていて、思ったことがあります。 私の場合、弱さとプライドがセットだとです。 全く無意識でしたが、弱さを隠すため、バレないために、プライドという鎧を何重にも着込んで、自分を大きく見せたり、ハッタリをかましていたわけです。そして弱いゆえ、力のありそうな人へ忖度し、持ち上げたり、顔色を伺って大きな傘の下で自分を守ってもらおうとしていたのです。しかしプライドもある

 
 
 

コメント


この投稿へのコメントは利用できなくなりました。詳細はサイト所有者にお問い合わせください。

​人成道

〒253-0033 神奈川県茅ヶ崎市汐見台

©2019 by 人成道. Proudly created with Wix.com

bottom of page