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  • 執筆者の写真: 渡邊 優
    渡邊 優
  • 5月20日
  • 読了時間: 1分

痛みあっての成長。

先日、先生から教わった言葉です。

実際に自分のことを考えても、心に痛みがあったときは、一回り成長した場合が多いです。


ここでの痛みとは、やらかした自分の動機に気づき、その愚かさやセコさ、傲慢さや狡さを知って、ショックを受けるというものです。自分はこんな人間だったのだとです。

確かにショックにはなるのですが、その自分に気づかずに行けば、私は変わるチャンスも持てずに愚かなままです。


ということは、自分を知ったり、自分に気づいていくということは、自分を変えるチャンスにもなるということです。であれば、痛みは歓迎できるものかもしれません。私はまだまだその域にはいっていませんが、体験として、きっとそうなんだと思います。


そして痛みの真中でも、この痛みが成長へと繋がると冷静に見れるところが、私と先生の大きな違いだと思いました。


今は目の前のことを真剣にやっていこうと思います。

 
 
 

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