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  • 執筆者の写真: 渡邊 優
    渡邊 優
  • 1月16日
  • 読了時間: 1分

自分は分かっている、できている、というパターンの構造を知ってから、私は自分の愚かさを痛感していました。それは、ただパターンの物語の中で生き、パターンを満たし満足させていただけだったからです。


それらはパターンにとって、とても気もちのいいものです。

なぜならそこには、「自分は学んできた」「自分は自分を見てきた」「他人よりも分かっている、できている、知っている、気づいている」という、他者との比較の中で生まれる優越感があるからです。

そして何より、その自分に気づいていなかったことに、反省しました。


自分を見て、パターン気づいて生きていくというのは、本当に時間のかかる作業だと感じています。

けれど、こうしてまた一つ学び、パターンから降りる作業ができるのも、今は素直に良かったと思えます。なぜならそれは、自分の在り方を変えていくことへの確かな動機となっているからです。


実は驚くほど単純なことだったのに、そこに気付けないほど、「分かっている自分」をパターンは守りたかったのだと思いました。それはプライドとも言えるし、保身とも言える、私自身の課題です。

 
 
 

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