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  • 執筆者の写真: 渡邊 優
    渡邊 優
  • 4月20日
  • 読了時間: 1分

自分が今までパターンで生きてきたこと。

その中で人を傷つけたり、自分の欲を満たすために他人を利用したり、傲慢だった自分に気づいて償う。その償いとはどういうことかを、今日の先生との個人セッションで学びました。


それは、もう女性を利用しないということであり、同性とも戦わないということでもあり、大きな枠で捉えると、謙虚に生きるということでした。つまり、今までの生き方を改めるというものです。


きっと、自分が正しいとか、自分が上だとか、負けたくないなどのパターンではそこに気づくことができませんでした。そう思うと、少しだけそこから脱した自分がいて、本気で自分を変えたいという思いや、改めたいという思いが自分を後押ししているのだと思います。


これは反省とはちょっと違くて、胸の奥から沸々と湧き上がる思いです。

それがきっと、本当の「私」の在りたい姿なのだと思いました。


償いというと、直接相手に何かをするイメージがありますが、自分自身に償うということでもあります。自分に恥じない生き方そのものが、自分の魂のためであり、それが全体のためにもなるのだと思いました。


今日の学び、それは償うこと。

新たに生き直すということでもありました。

 
 
 

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