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  • 執筆者の写真: 渡邊 優
    渡邊 優
  • 3月29日
  • 読了時間: 2分

先日、パターンのことを考えている時に、ひとつ気づいたことがありました。

そうか、パターンは「許される」と思っているのだ、とです。


自分は他人から許される、愛される、認められる、受け入れられる、大切にされる、必要とされる。

そういう人物だと、パターンはどこかで思い込んでいる。


しかし、現実はそうではない。

だからこそ、思い通りにならないとショックを受けたり、悔しさが出てくる。

認められないと腹が立ち、受け入れられないと傷つく。


傲慢でありながら、同時にとても弱く、我儘でありながら、いつまでも満たされない。

まるで子供のように、内面は忙しく揺れ続けています。


自分の中にある甘えや驕りの正体を見たとき、力が抜けるような溜め息が出ました。

これが、まごうことなき現実の自分か、とです。


現実の自分を知るというのは、パターンにとっては残酷です。

なぜなら、自分はそうではないと思っていたり、見たくないもの、知りたくないものを、突きつけられるからです。では、誰がその残酷さを感じているのか。


それは、「わかったつもりでいるパターン」「できたつもりでいるパターン」達です。

これが、素直さや成長から遠ざけてしまうのだと思いました。


そう考えると、はっきりしてきます。

私が育てたいのは、そのパターンではなく、それらを見ている「私」なのだとです。

 
 
 

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