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  • 執筆者の写真: 渡邊 優
    渡邊 優
  • 2021年2月15日
  • 読了時間: 2分

「許す」この許すという行為。何かを許そうなどと、今まで意識して使ってこなかった。と思いました。全ての自分を許すなど、一見簡単なようですが、めちゃ難しい。それほど自分をジャッジし、他もジャッジして生きていたのだと思います。


寧ろその逆、あんなことを言われて許さない、もしくはこんな自分じゃダメだ許せない、こちらの方がずっとずっと使ってきたと思います。そしてその感覚はしっかりと覚えていて、許さない、許せない状態というのはその物事に囚われて考え、ストレスを感じ、苛々して苦しく、辛いもの。感情的にも復讐心ややり場のない怒りを覚え、心身ともに疲弊する。これは非常に狂おしい状態でした。


しかしその逆の許しには、囚われた自分を自由にし、解放感を与え、勿論ストレスも感じず、軽やかでたおやかな自分へと、自然と誘っているようにも思います。


昔読んだ本にこんなことが書かれていました。「プラトンやソクラテスが唱えていた幸せの定義とは、真善美に触れている時、人間というのは幸せを感じる、そういうものだ。それが今では酒を飲んで皆と騒いだり、好きなことをすることが幸せだと勘違いしている。幸せとは個人的なものではないのだ」


真善美に触れている時、幸せを感じる。これは、分かる気がします。

きっと許しも、この真善美に間違いなく入っている、そんな気がしました。

 
 
 

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