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  • 執筆者の写真: 渡邊 優
    渡邊 優
  • 3月18日
  • 読了時間: 2分

去年ぐらいから感じていたことで、自分を見ていて思うのですが、この私を育てるのは本当に大変なことだろうなと思うんです。両親や祖父母、先生方はさぞ苦労しただろうと・・・


私は、あれこれ言われたくないというパターンが強く、言われてもなかなか言うことを聞かない性格に加え、思い通りじゃなきゃ嫌だという思いが子供の頃から強くて、更には一人になるのが嫌で、よく兄の後をついて遊びに連れて行ってもらいました。連れて行かないとうるさいから連れて行ったなんてことも聞いたことがあります。一言でいえば「相当なわがままで自分勝手」なんです。


今では自分で自分を育てる努力をしていますが、まだまだパターンに飲まれ、後から「アチャーやらかした」なんてことは日常です。自分で自分を育てるのがこれほど大変なのですから、他人からしたらよっぽど大変だろうと思うのです。

しかし、よしこれか、と思えるよな手応えや気づき、やり甲斐も自分を育てていて感じることがあります。しかしそこで満足せずまた先に進むので終わりがありません。パターンは終わりを求めます。きっとパターンは楽を求めるのでしょう。サボりたいとかです。


そう考えると、自分を育てられない人間に、他人も育てられないのだと思いました。

「私」の資質の中に育成というものがありますが、私は一番その資質を使ってこなかったと思います。そう思うと人生の後半は、まずは自分にその資質を使ってバランスを取るのも大事だと思いました。

何せ自分を育てるという発送実態が一昔前の私にはなかったのですから。


 
 
 

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