- 渡邊 優

- 4 時間前
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先日ネットを見ていると、「他人と比較して辛い」という記事が目に止まりました。
これは私にも多々経験があり、とても共感できます。
他人との比較で自分が劣っていれば、自分をダメだとみなして辛くなり、
逆に優っていれば、安心感や優越感を得る。そんな構造です。
しかし、この「比較」というものも、プラスとマイナスの意味づけができるのではないかと思い、整理してみました。
比較
+
パターンが比較していることに気づく/比較して辛い気持ちがわかる/自分の現在地点を知る/見習う/参考にする/学ぶ機会になる
0
ただ一つの事象
-
優劣をつける/卑しい行為とみなす/自己嫌悪になる/認めるのが辛い/苦しい/落ち込む/がっかりする/エゴ/パターン
最初、私はマイナスの意味づけばかりが浮かび、プラスの意味づけを考えるのに苦戦しました。
ということは、それだけパターン側に寄っていたということです。
そして気づいたのは、同じ「比較」という一つの事象でも、両方の意味づけができ、どちらも選択できるということでした。ここに、可能性や自由さがあります。
パターンから見れば、比較は辛く卑しい行為かもしれません。
しかし、別の角度から見れば、それは自分を知り、学ぶための機会にもなります。もしかすると問題なのは「比較そのもの」ではなく、そこにどんな意味を与えているのか――なのかもしれません。
そして最も大事なことは、誰が、比較をしているのかということです。
ここを見落とすと本質が疎かになりかねません。
負けたくないというパターンなのか、自分は正しいというパターンなのか・・
自分ごとのように、そこをしっかりと見極めていきたいと思います。

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