top of page
  • 執筆者の写真: 渡邊 優
    渡邊 優
  • 2023年2月9日
  • 読了時間: 1分

そうか、と思うことがありました。

私が持っているプライドというパターン、それを許していなかったんだなと・・

そうすると、他人のプライドも、まるで自分を見ているようで鼻について何か感に触ります。それはつまり、自分の中の許せないものを、他人にも投影していたんです。

自分にしてることは他人にもする。ここにもそれがありました。


こういうことって方々に展開していて、自分が触れられたくないことは他人にも触れないし、それを隠そうともします。本来であれば自分が触れられたくないこと、デリケートなことだと思うそこに光を当てて癒していくべきところを、嫌なもの、ダメなものとして抑圧するので、パターンは更に力を増すかもしれません。ここにいるよ!苦しいよ!辛いよ!と。


まずはパターンのケアを改めて行い、もっと自分を見て、考えて行動していこうと思った瞬間でした。


私はまだまだ自分を知らない。

 
 
 

最新記事

すべて表示
一人になって

彼女と別れて一人になってから、一年が経とうとしています。 今思えば、随分と私のパターンを彼女は満たしてくれていました。一人では生きられないというパターンも、誰かに甘えたいというパターンも、認められたいというパターンも、愛されたいというパターンも、プライドというパターンもです。お陰で今ではそれらのパターンに私自身が向き合いながら、一つづつ自分で面倒を見るということをしています。 そしてそれは、一人に

 
 
 
プライド

自分のパターンを見ていると、そして物心ついた頃からの自分を思い返してみても、自分の課題はプライドなのだと感じます。 言われたくない。自分は分かっている、できていると思いたい。認められたい。 振り返ると、多くの反応は「プライドが満たされるか」「プライドが傷つかないか」のどちらかで動いていたように思います。 そして今思えば、それもまた、自分自身が選んできた課題だったのだと思います。遥か昔に自らが用意し

 
 
 
分かっているパターン

自分は分かっている、できている、というパターンの構造を知ってから、私は自分の愚かさを痛感していました。それは、ただパターンの物語の中で生き、パターンを満たし満足させていただけだったからです。 それらはパターンにとって、とても気もちのいいものです。 なぜならそこには、「自分は学んできた」「自分は自分を見てきた」 「他人よりも分かっている、できている、知っている、気づいている」という、他者との比較の中

 
 
 

コメント


この投稿へのコメントは利用できなくなりました。詳細はサイト所有者にお問い合わせください。

​人成道

〒253-0033 神奈川県茅ヶ崎市汐見台

©2019 by 人成道. Proudly created with Wix.com

bottom of page