top of page
  • 執筆者の写真: 渡邊 優
    渡邊 優
  • 2022年7月4日
  • 読了時間: 1分

ここ最近、一人になりたくなりという黒パターンの反対の白パターン、一人になってもいいを無理に選ぼうとして非常に苦しんでいました。

それもそのはず、そもそもの黒パターンを許せておらず、受け入れてもおらず、黒パターンが小さくもなっていない状態で白パターンを無理に選ぼうとすれば、それは黒パターンに抵抗しているのと同じなので、息が止まるような、深海に沈んだような苦しさでした。

そもそものところを見失ってたわけです。


自分のどこかで「一人になりたくない」なんて男としてカッコ悪い、ならさっさと一人になってもいいを選んで、実際になってしまおう、なんて思いもありました。

でも大切なのは、カッコいいとかカッコ悪いではなく、パターンを救うことだったんです。

そこをおざなりにして、カッコつけて白を選んだってうまくいくはずがありません。


原点を忘れていた出来事でした。

そして、本当の意味での、パターンを救うことがどれほど大事かわかった気がします。

自分が楽になるためでもなく、カッコつけるわけでも、周りの目を気にするでもない、純粋にパターンを救済すること。それが、今の私にできる唯一のこと。


 
 
 

最新記事

すべて表示
パターンの元

私のパターンである「間違えたら生きられない」というものですが、このパターンができた経緯を考えていました。それはまだ私が幼い頃、自分が間違えたことで父から怒られ、折檻にあい、それの繰り返しで「間違えたら生きらえない」というパターンが生まれたことでした。 それは一人じゃまだ生きられない自分を守るために、生かすためにできたものばかりです。親に見捨てられないように、嫌われないように、間違えないように、失敗

 
 
 
間違えたら生きていけない

普通はこうでしょ、こうあるべきでしょ、なんであの人はああなの。 自分の中から聞こえてくるパターンの声、これは一体何のパターンなのかと考えていました。共通するのは、相手を認めたくない、変えたいというもの。 何でなのだろう・・・と考えると。 自分が安心したい、自分が正しいと確認したい、もう一つ引っかかるのが、相手が普通じゃないと困ること、相手が変わってくれないと困ることとは何だろうと熟考すると、自分の

 
 
 
人として・・

最近自分の価値観の更新をするのにあたって「人として大事なこと」とはなにか、ということを考えています。人の持つ狡さや卑怯、誤魔化しや隠すこと、逃げること、嘘をつくこと、人のせいにすること、八つ当たりすること、これらは私も使ったことがあります。そしてそれを使うと、どこか後ろめたさが残ります。ということは、真理ではないということです。人の持つ良心がそれは違うと教えているのかもしれないです。 そしてその反

 
 
 

コメント


この投稿へのコメントは利用できなくなりました。詳細はサイト所有者にお問い合わせください。

​人成道

〒253-0033 神奈川県茅ヶ崎市汐見台

©2019 by 人成道. Proudly created with Wix.com

bottom of page