• 渡邊 優

自分を見るというと昔は、自分の性格(占いに書いてあるような)とか、これを持っている、こんな特徴がある、どちらかというと、周りのものだったと思います。


また求めているものも、車だったり、お金だったり、綺麗なお姉さんだったり、知識だったりして、それは他人を説得できたり、他人から羨望を得たり、他人に勝てるものを求めていました。

それを持っている自分。それが自分だと思っていたんです。


しかし、本質的な自分を見るというのは、なぜそれを欲しがっているのか?

そこに、自分を知るということがあります。本当は自信が欲しかった、コンプレックスを隠したかった、負けたくなかった、勝ちたかった、モテたかった、そういった隠しておきたかった自分です。


そうやって自分を見ていくと時に自分が情けなくなる時がありました。

今までは何かを持っていて自信に繋がる、凄い、と思っていた世界から、本当は自信がなかったんだ。と自分の弱さを知ってしまったからです。本当は弱さやちっぽけな自分を隠したかったのであり、自分を大きく見せたかったという弱さから獲得していたものだったのです。


そういったことが、自分を見る。ということだったのです。

そこには現実の自分を知り、正しく自分を理解するという現実的な視線があります。

その視線は決してダメだしなのではなく、もう自分を大きくする必要はない、そのままの自分でいいというものです。


そう思うと、情けないと思う気持ちから、もう許そうという受け入れた思いに変わっていきます。

自分への眼差しって、そうやって変わっていくものなのだと思いました。

最新記事

すべて表示

久しぶりに、ガツンときた・・出来事がありました。 夜も寝つきが悪く、メチャクチャ落ち込みました。 自分一人の問題ではないのでここで書くことは控えさせていただきますが、本当の久々に自分を責め倒しました。自分だけならどうでもいい、どんな罰でも甘んじて受けよう。しかし、関係のない人にまで迷惑をかけたくない、そんな強い思いが自分を責めていたんです。 勿論その後ワークをしましたが、それでも後味の悪い出来事で

嫌なことがあったとき、苦しいことがあったとき、私は自然の中に入って緑の匂いを嗅いだり、土の匂いを嗅いだりして、心を落ち着かせるのに助けてもらっています。 そしていつも思うことですが、なんで自然はこんなに優しいのだろうと。 きっと何も見返りを求めずに、ジャッジなくただ与えているからだと思いました。 食物も、空気も、癒しも、何もかも与えてもらっています。 以前のセミナーで、宇宙は利他で出来ていると聞き

他人との比較は、無意識のうちにしていると思います。 私もそうでした。 他人と自分を比較し、時に自分はまだマシだと思い、安心したりします。 またその逆に、他人の方が優れていると思うと、自分はダメだと思い自己嫌悪に陥ります。 また他人からの評価も同じように、良い評価だと嬉しく優越感を感じ、悪い評価だと凹み自己嫌悪にこれまた陥ります。 そしてその次にやったのが、白パターンとしての、もう他人との比較や評価