top of page
  • 執筆者の写真: 渡邊 優
    渡邊 優
  • 2025年5月8日
  • 読了時間: 1分

学びとは、様々なことから学べるのだと最近つくづく感じています。

本から、昔のノートから、仲間のブログから、趣味から、自分のパターンからなど、なんで今までやらなかったのだと自分に言いたくもなり、きっとそこにはパターンが介入していて、自分には無理だとか、あの人は頭がいいからだとか、はたまた自分は大丈夫だとか、もう分かっている、できているからとか、その時々でパターンが介入し、学び取ろうとしなかったのです。


なんて時間の無駄を・・・と思う反面、同じ仲間のMさんの「なんだ!じゃあやればいいんだ!」という軽やかにやる姿が思い浮かびます。そう、やればいいだけなんです。ぐじぐじ考えずに、気がついた今からやればいいだけなんです。それぐらいものごとってシンプルなんだと思います。

複雑にするのはパターンで、「私」からしたらシンプルな事象です。やるかやらないかだけなんです。


そんなことを思い出しつつ、今日も自分を見て「私」がリーダーとして引っ張っていきます。

 
 
 

最新記事

すべて表示
パターンか「私」か

黒パターンか「私」か、無意識か意識的か、惰性か主体性か。 自分がどっちに行こうとしているのかを、最近よく考えます。 黒パターンや無意識や惰性は今まで通りなので、そこに困難さはありません。寧ろ欲や甘えであったりと、黒パターンからすれば楽な道です。しかし「私」や意識や主体性には理性や意志力が必要となるので、慣れていない分困難です。 そこで思い出すのが、私はどう在りたいのかです。 パターンで生きたいのか

 
 
 
パターンの甘え

先日、パターンのことを考えている時に、ひとつ気づいたことがありました。 そうか、パターンは「許される」と思っているのだ、とです。 自分は他人から許される、愛される、認められる、受け入れられる、大切にされる、必要とされる。 そういう人物だと、パターンはどこかで思い込んでいる。 しかし、現実はそうではない。 だからこそ、思い通りにならないとショックを受けたり、悔しさが出てくる。 認められないと腹が立ち

 
 
 
比較

先日ネットを見ていると、「他人と比較して辛い」という記事が目に止まりました。 これは私にも多々経験があり、とても共感できます。 他人との比較で自分が劣っていれば、自分をダメだとみなして辛くなり、 逆に優っていれば、安心感や優越感を得る。そんな構造です。 しかし、この「比較」というものも、プラスとマイナスの意味づけができるのではないかと思い、整理してみました。 比較 + パターンが比較していることに

 
 
 

コメント


​人成道

〒253-0033 神奈川県茅ヶ崎市汐見台

©2019 by 人成道. Proudly created with Wix.com

bottom of page