top of page
  • 執筆者の写真: 渡邊 優
    渡邊 優
  • 2022年1月14日
  • 読了時間: 2分

嫌われる勇気か・・・

嫌われてでも、何かを伝えなければならなかったり、嫌われてでも、本当のことを言わなければならなかったり、嫌われてでも、憎まれてでも、自らが壁となって立ちはだかったりと、相手のことを思うからこそ憎まれ役になりるなんてことは考えたこともなかったです。嫌われて傷つく、ヘコむことはあっても、自ら嫌われ者を買って出るなんてことは一度もなかったと思います。黒パターンでの嫌いはありましたが。それほど、嫌われるということに対しての耐性がないのだと思いました。


なぜこんなことを思ったのかというと、ライジングサンという自衛隊の漫画を読んでいて、自衛隊の班長や教官は、部下に対して必要以上に厳しくするそうです。

その動機として、部下に厳しくした分だけ、その隊員が戦地や災害派遣の現場で命が助かる確率が上がるから、というものでした。そのためだったらいくらでも嫌われ者でも、憎まれ役にでもなると。


自衛隊のような命のやりとりをする現場では特別だとは思いますが、それでも人を預かり、育てるというのは、それほどまでの覚悟と勇気が必要なのかと圧倒されました。


今まで散々黒パターンで生きてきたので、愛されること、認められること、大切にされること、自分の価値を証明すること、いわゆる、チヤホヤされることや優越感を感じること、そこに価値があり、それを求めていた自分がちょっと恥ずかしく感じました。


自分もそういったガチの気概を持てるようになりたいし、嫌われてでも、何かに本気でありたい。

そのためにはどうあるべきか。今一度考えてみる必要がありそうです。



 
 
 

最新記事

すべて表示
本当の歩み

現実の自分を突きつけられた時、とても焦る瞬間があります。 それは、パターンの理想の世界にいたからだと思いました。 パターンの理想では、できている自分であったり、わかっている自分が存在します。ということはパターンは、自分は特別でありたいのだと思う。それは誰にでも認められ、受け入れられる特別な存在です。だから理想とは違う現実の自分を突きつけられた時、とても焦るのだと思います。なぜなら思っていた自分と違

 
 
 
魂にとって

病気になることや、大切な人との別れなど、パターンにとってはとても辛いことです。 しかしそのお陰で自分の問題に気付かされたり、自分の課題に取り組む機会が与えられたりと、魂にとってはとても学びになる機会なのだと思いました。 私も昨年大きな別れがありましたが、最近そのことをよく考えます。 後悔や寂しさではなく、それによって気付かされた自分のパターンや、今生に生まれてきた課題についてです。それは精神的な自

 
 
 
違い

昨日は地元の同級生に誘われて飲みに行ってきました。 飲みながらの話はもっぱら上司や仕事の愚痴です。そこで思ったのが、違いです。 いつの間にか私は、愚痴や不満がないことに気がつきました。愚痴や不満はパターンが思うことですが、日々の生活の中でいつの間にか自分で処理していたのです。 皆んなは感情の放出に花を咲かせ同調し合い、楽しいひと時であったと思います。しかし私はもう、そういうのを必要としてないんだな

 
 
 

コメント


この投稿へのコメントは利用できなくなりました。詳細はサイト所有者にお問い合わせください。

​人成道

〒253-0033 神奈川県茅ヶ崎市汐見台

©2019 by 人成道. Proudly created with Wix.com

bottom of page