top of page
  • 執筆者の写真渡邊 優

今朝も保身について考えていました。

人はなぜ保身に走るのかと。私が一番に思いついた理由の一つが「傷つきたくないから」だと思います。では何が傷つくのか?プライド、だと思う。


保身に走るパターンとして、あれこれ言われたくない、負けたくない、自分の方が上だ、自分は正しい、などなど色々ありますが、その全てが何を守ろうとしているのかと考えると、やはり、プライドを守ろうとしているのだと思うのです。


あれこれ言われたり、誰かに負けたと思ったり、自分が上ではなかったり、自分が正しくなかったりした時に、腹が立って、ムカついて、ストレスになったりする。それらは全てプライドが傷ついたからだと、パターンは思っているのだと思うのです。

その逆に、誰かに勝てたと思ったり、自分の方が上だと思えたり、自分の正しさが認められた時、この上ない優越感を覚えます。それらは全てプライドというパターンが満たされる感覚です。


はたから見ていると、必死に保身に走っている人の姿はカッコ悪く、情けなくも写ります。

さっさと覚悟を決めて認めてしまえと・・


プライドが高い人ほど保身に走りやすいのだと、自分を見ていてそう思いました。

プライドを守ろうとするパターン。改めて向き合おうと思います。

最新記事

すべて表示

自分を律する

自分を律することに、喜びがあるのだと思います。 それは、真善美に向かって自分を進めているからのような気がします。 昔の方は作法や礼儀を重んじていました。そこに美学があり、そして真善美があることを知っていたのだと思います。自分を整え、そして律し、あるべき本来の自分へと回帰させることに、心地よさやスッキリ感を覚え、そこに向かって自分を鍛錬していたのかもしれません。 私の、楽したい、甘えたい、自由でいた

終わりはない

これができて終わり、や、定年や退職、卒業のように、この魂の学びに終わりはないのだと思いました。以前、この終わりのない魂の学びや取り組みを頭で理解した時、マジか・・・と思いました。 パターンからすると、早く卒業して楽になりたい、早く済ませて解放されたい、学びとはそういった終わりのあるもの、また面倒臭いものだと思っていたのです。 しかし自分の歩みを実感していくうちに、終わりのないことが面白いのかも、ど

Comments


bottom of page