top of page
  • 執筆者の写真: 渡邊 優
    渡邊 優
  • 2020年12月2日
  • 読了時間: 2分

先日は週一回のバレエレッスンの日でした。そのレッスンの中で、サッパリ、全く分からないということがあったのです。音と合わせて踊るのですが、入りの音、タイミング、テンポ、その全てがさっぱりわからなかったのです。先生の言う、イチニッサン!ニイニッサン!サンニッサン!シイニッサン!の流れが全くわからず久しぶりに厳しい指導でした。しかし、それでも分からないので、流石に「先生すいません、数とテンポが全然わかりません」とお伝えたところ、じゃあ一緒にやろう!と言うことで何とか真似ることはできたのです。


今回のレッスンで自分の中で選べたのは、よし!来週も頑張ろう!でした。

もちろん自分の中に、こんなできない自分はダメだな・・とか、わからない自分はホントダメだな・・もあるのですが、その全てを含んだ上で、よし!来週も頑張ろう!を選べたのには大きな意味を感じました。それはできないことで、自分自身という人間がダメと言う訳でもなく、わからないことでダメな人間になる訳でもない、ただできなくて分からないと言う事実があるだけで、綺麗に踊れるようになりたいのであれば、また来週のレッスンも頑張ればいいだけなんだと、今回のレッスンを通して身をもって理解したのです。


さっぱりわからんけど、何かが身についたレッスンでした。



 
 
 

最新記事

すべて表示
幸せは外側にはなかった

私は一人暮らしが長いです。 離婚してから22年、ずっと一人暮らしで、時に無性に寂しくなることがあります。 そんな時、昔は友人と飲みに行ったり、一人でキャバクラに行ったりしていました。 しかし、いつの日か気づいたんです。全然寂しさが消えないと・・・ キャバクラに行ったり、外側で心の寂しさを埋めようとすればするほど、虚しさの方が勝ってくるのです。むしろこうしてブログを書いたり、ワーク(語りかけ)をする

 
 
 
パターンか「私」か

黒パターンか「私」か、無意識か意識的か、惰性か主体性か。 自分がどっちに行こうとしているのかを、最近よく考えます。 黒パターンや無意識や惰性は今まで通りなので、そこに困難さはありません。寧ろ欲や甘えであったりと、黒パターンからすれば楽な道です。しかし「私」や意識や主体性には理性や意志力が必要となるので、慣れていない分困難です。 そこで思い出すのが、私はどう在りたいのかです。 パターンで生きたいのか

 
 
 
パターンの甘え

先日、パターンのことを考えている時に、ひとつ気づいたことがありました。 そうか、パターンは「許される」と思っているのだ、とです。 自分は他人から許される、愛される、認められる、受け入れられる、大切にされる、必要とされる。 そういう人物だと、パターンはどこかで思い込んでいる。 しかし、現実はそうではない。 だからこそ、思い通りにならないとショックを受けたり、悔しさが出てくる。 認められないと腹が立ち

 
 
 

コメント


この投稿へのコメントは利用できなくなりました。詳細はサイト所有者にお問い合わせください。

​人成道

〒253-0033 神奈川県茅ヶ崎市汐見台

©2019 by 人成道. Proudly created with Wix.com

bottom of page