top of page
  • 執筆者の写真渡邊 優

先日は週一回のバレエレッスンの日でした。そのレッスンの中で、サッパリ、全く分からないということがあったのです。音と合わせて踊るのですが、入りの音、タイミング、テンポ、その全てがさっぱりわからなかったのです。先生の言う、イチニッサン!ニイニッサン!サンニッサン!シイニッサン!の流れが全くわからず久しぶりに厳しい指導でした。しかし、それでも分からないので、流石に「先生すいません、数とテンポが全然わかりません」とお伝えたところ、じゃあ一緒にやろう!と言うことで何とか真似ることはできたのです。


今回のレッスンで自分の中で選べたのは、よし!来週も頑張ろう!でした。

もちろん自分の中に、こんなできない自分はダメだな・・とか、わからない自分はホントダメだな・・もあるのですが、その全てを含んだ上で、よし!来週も頑張ろう!を選べたのには大きな意味を感じました。それはできないことで、自分自身という人間がダメと言う訳でもなく、わからないことでダメな人間になる訳でもない、ただできなくて分からないと言う事実があるだけで、綺麗に踊れるようになりたいのであれば、また来週のレッスンも頑張ればいいだけなんだと、今回のレッスンを通して身をもって理解したのです。


さっぱりわからんけど、何かが身についたレッスンでした。



最新記事

すべて表示

ただそこにあるものとして

パターンに対して、パターンはいけないもの、ダメなもの、利己的で不快なもの、自他に迷惑をかけるもの、以前はそんな風に捉えていました。だってパターンのせいで苦しい思いもするし、怒られるし、まだ自分はそんなことに囚われているのかと自分を責めてしまうし、自分のレベルの低さを思い知ってしまい、そんな自分が受け入れられないし嫌だったんです。 でもパターンって本当に子供で、彼らが求めているものは、愛されたいとい

引き受ける

自分の中に起こっていることを、全て引き受ける。 といっても「あんにゃろ〜あんなこと言いやがって、このやろ〜こんなことしやがって、ムカつくやつだ!」などと思うこともしばしばあります。そして改めて思うのは「と、あなたは思っているんだよね」という言葉を紡いで、結局全て自分の中で起こっていることは全部自分の問題なんだよな〜と、思えるようになったことが、私の最近の一番の変化だと思います。 この、思えるように

求めているもの

今改めて、本当に私が求めているものを考えています。 以前であれば、他より優れることやそれを証明できるもの、もしくは他より良い持ち物など、自分がどれだけそれがあることで幸せに成功しているか、そんな自慢ができるものだったと思います。また自由もありました。それはお金で買える自由です。時間や食事に、好きな時に好きなものを食べたり、したり、買えたりと、それこそパターンが望む自由です。 そして改めて考えると、

Bình luận


Bình luận đã bị tắt.
bottom of page