top of page
  • 執筆者の写真: 渡邊 優
    渡邊 優
  • 2020年11月19日
  • 読了時間: 1分

黒パターンにこんなパターンを持っちゃダメだ!とジャッジするパターンに語りかけをしていて気づいたことがありました。それは自分の黒パターンをジャッジしているということは、無意識に他人の黒パターンもジャッジしていたということです。(思い当たるフシあり・・)

自分にしていることは他人にもしている・・・納得です。


そもそも黒パターンはどんな存在か改めて考えてみると、確かに苦しみや重さ、辛さなどの負の感情を生みますが、その感情から本来の在り方へと「気づかせてくれる」存在であり、正しい感覚や分離感を学べ、選択者という本来の「私」を育ててくれる存在だったのです。これは本当にやっと符に落ちた〜

スッキリ!


ということは、「私」が育っていなかった、こなかった、しっかりしていなかった「私」の責任だったのです。


今朝の祈りからは、もうどんなパターンもジャッジしない!

これを宣言していこうと思います。



 
 
 

最新記事

すべて表示
パターンか「私」か

黒パターンか「私」か、無意識か意識的か、惰性か主体性か。 自分がどっちに行こうとしているのかを、最近よく考えます。 黒パターンや無意識や惰性は今まで通りなので、そこに困難さはありません。寧ろ欲や甘えであったりと、黒パターンからすれば楽な道です。しかし「私」や意識や主体性には理性や意志力が必要となるので、慣れていない分困難です。 そこで思い出すのが、私はどう在りたいのかです。 パターンで生きたいのか

 
 
 
パターンの甘え

先日、パターンのことを考えている時に、ひとつ気づいたことがありました。 そうか、パターンは「許される」と思っているのだ、とです。 自分は他人から許される、愛される、認められる、受け入れられる、大切にされる、必要とされる。 そういう人物だと、パターンはどこかで思い込んでいる。 しかし、現実はそうではない。 だからこそ、思い通りにならないとショックを受けたり、悔しさが出てくる。 認められないと腹が立ち

 
 
 
比較

先日ネットを見ていると、「他人と比較して辛い」という記事が目に止まりました。 これは私にも多々経験があり、とても共感できます。 他人との比較で自分が劣っていれば、自分をダメだとみなして辛くなり、 逆に優っていれば、安心感や優越感を得る。そんな構造です。 しかし、この「比較」というものも、プラスとマイナスの意味づけができるのではないかと思い、整理してみました。 比較 + パターンが比較していることに

 
 
 

コメント


この投稿へのコメントは利用できなくなりました。詳細はサイト所有者にお問い合わせください。

​人成道

〒253-0033 神奈川県茅ヶ崎市汐見台

©2019 by 人成道. Proudly created with Wix.com

bottom of page