top of page
  • 執筆者の写真: 渡邊 優
    渡邊 優
  • 2024年2月22日
  • 読了時間: 1分

自分に責任を持つって、苦手でした。なんだか罰ゲームのように何かを課せられているような、失敗できないような、そして自分に自信もなかったので、自分の行動や考えに責任を持つのが怖かったのです。そして最近思うのは、責任を持つも何も、そういう風にできているんじゃないか?という事です。


自分の考えには相応の答えを、自分の行動にも相応の答えを宇宙は与えるのだと思います。そして自分自身にも、自分の考えや思いには、そういう人間になるようにできているのだと思うのです。必然的に責任を取らされるように上手くできているのだと思いました。

とっても当たり前のようだけど、ここが本当に分かると、あの人が、世の中が、社会が、というように、周りのせいにはできなくなるのだと思う。なぜなら周りは関係ないから。


でもパターンは弱いから、傷ついたり凹んだり不安に思ったり怖かったことを、ついつい周りのせいにしてしまう。だから、ケアが必要なのだと思いました。私もまだまだ育っていないですしね。

そうやって、自分のパターンと私の在り方に少しづつ責任を持っていこうと思います。きっと、それが本当はしたいのだと思う。自分を丸っと受け入れて、導いていくことをしたいのだと思いました。



 
 
 

最新記事

すべて表示
一人になって

彼女と別れて一人になってから、一年が経とうとしています。 今思えば、随分と私のパターンを彼女は満たしてくれていました。一人では生きられないというパターンも、誰かに甘えたいというパターンも、認められたいというパターンも、愛されたいというパターンも、プライドというパターンもです。お陰で今ではそれらのパターンに私自身が向き合いながら、一つづつ自分で面倒を見るということをしています。 そしてそれは、一人に

 
 
 
プライド

自分のパターンを見ていると、そして物心ついた頃からの自分を思い返してみても、自分の課題はプライドなのだと感じます。 言われたくない。自分は分かっている、できていると思いたい。認められたい。 振り返ると、多くの反応は「プライドが満たされるか」「プライドが傷つかないか」のどちらかで動いていたように思います。 そして今思えば、それもまた、自分自身が選んできた課題だったのだと思います。遥か昔に自らが用意し

 
 
 
分かっているパターン

自分は分かっている、できている、というパターンの構造を知ってから、私は自分の愚かさを痛感していました。それは、ただパターンの物語の中で生き、パターンを満たし満足させていただけだったからです。 それらはパターンにとって、とても気もちのいいものです。 なぜならそこには、「自分は学んできた」「自分は自分を見てきた」 「他人よりも分かっている、できている、知っている、気づいている」という、他者との比較の中

 
 
 

コメント


​人成道

〒253-0033 神奈川県茅ヶ崎市汐見台

©2019 by 人成道. Proudly created with Wix.com

bottom of page