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  • 執筆者の写真渡邊 優

自分を思りの自分じゃなきゃ嫌だ。

私の中でよく騒ぐパターンです。

このパターンは、思い通りの自分なら、嫌なことがあっても傷つかずに、誰の顔色を気にすることなく、楽勝で生きていける。そんな自信に満ちた、理想の、憧れの自分を抱きます。


しかし現実は全く違くて、すぐに傷ついて、なかなか越えられない壁もあって、誰かに頼ったり、依存心を抱いたり、他人の顔を伺ったり、思い通りにならない出来事に翻弄される、そんな自分だったりします。そんな自分が嫌だから、思い通りの自分を求めてしまうのだと思う。


そのままの自分でいい。

そのままの自分とは、まず、そんな現実の自分をちゃんと見つめて、受け止めて、理解する。

それが、そのままの自分を否定しない、思い通りの自分を求めない、自分でいいんだと思います。


もう思い通りの自分を求めるのはやめよう。

思い通りの自分になろうとして自分を苦しめるのはやめよう。


そこには、安堵感や安らぎ、広がり、可能性、そういったものを感じます。

きっと、思い通りの自分になろうとして、自分に無理を強いていたのだと思う。


もう思い通りの自分を求めなくてもいい。


それを中心に、自分を置いていこうと思いました。



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