top of page
  • 執筆者の写真: 渡邊 優
    渡邊 優
  • 2024年2月9日
  • 読了時間: 1分

パターンでいる時、自分の状態に中々気づけないものです。感情と感覚に飲まれ、パターンの思考にも飲まれ、それだけ今までパターンに頼り、パターンで生きてきた証拠でもあります。あと、自分は分かっている、デキている、そんな慢心が、パターンに気づかせないのもあります。自分を見ていると最近妙にそのことがわかります。


過去の自分を振り返ると、あれもパターンだった、これもパターンだった、ほとんど全てがパターンだった。それが悪いとかダメとかではなく、その全てが自分に気づかせるものだったんだと今ならわかります。人って、そうやって痛い目を見ながら本来の自分に気がついていくのだと思いました。そう考えると痛い目だと思っていること自体が、天の恩寵なのだと思います。全てが良き方向へ向かうための出来事だったんです。


私もそうですが、人間はどうしても短絡的にものを捉えがちです。良い結果をなるだけ早く欲しい。

しかし魂から見た結果というのは、必ずしも目にみえる形ではないのだと思うんです。きっと内面的な成長がそのほとんどだと思います。だから、焦らず、慌てず、しっかりと自分の課題に取り組めばいい、一歩づつでいいから。


 
 
 

最新記事

すべて表示
一人になって

彼女と別れて一人になってから、一年が経とうとしています。 今思えば、随分と私のパターンを彼女は満たしてくれていました。一人では生きられないというパターンも、誰かに甘えたいというパターンも、認められたいというパターンも、愛されたいというパターンも、プライドというパターンもです。お陰で今ではそれらのパターンに私自身が向き合いながら、一つづつ自分で面倒を見るということをしています。 そしてそれは、一人に

 
 
 
プライド

自分のパターンを見ていると、そして物心ついた頃からの自分を思い返してみても、自分の課題はプライドなのだと感じます。 言われたくない。自分は分かっている、できていると思いたい。認められたい。 振り返ると、多くの反応は「プライドが満たされるか」「プライドが傷つかないか」のどちらかで動いていたように思います。 そして今思えば、それもまた、自分自身が選んできた課題だったのだと思います。遥か昔に自らが用意し

 
 
 
分かっているパターン

自分は分かっている、できている、というパターンの構造を知ってから、私は自分の愚かさを痛感していました。それは、ただパターンの物語の中で生き、パターンを満たし満足させていただけだったからです。 それらはパターンにとって、とても気もちのいいものです。 なぜならそこには、「自分は学んできた」「自分は自分を見てきた」 「他人よりも分かっている、できている、知っている、気づいている」という、他者との比較の中

 
 
 

コメント


​人成道

〒253-0033 神奈川県茅ヶ崎市汐見台

©2019 by 人成道. Proudly created with Wix.com

bottom of page