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  • 執筆者の写真渡邊 優

先日は道場仲間との勉強会でした。久しぶりに会う仲間達に、お互い色々なことがありながらも今日もまた共に学べた事に感謝を感じました。

今年ももう5月に入り、個人的にも、世の中的にも、色々なことが起こっているのを実感します。


そして思ったことは、人智の及ばない受け入れるしかない出来事というのは存在していて、受け入れるからこそ、また次へと進んでいけるのだと思いました。受け入れられずに、抵抗している間は苦しいです。どうして俺が、私が、なんでこんなことが、勿論パターンが思うことではありますが、そんなことをも凌駕する圧倒的な力で自分という存在をわからせられる。ただ無力な自分、弱い自分、ビビリな自分、怖がりで臆病な自分、その自分はダメな自分ではなくて、あっていい自分で、ただそこにあるだけの自分です。どんな意味づけをするかで、自分への対応と理解が変わってきます。


そう考えると全てにおいて意味づけが重要で、今までのパターンでの一方的な意味づけから、もうひとつ大きな視点から物事を見た時、また違った理解が生まれ、自分にも他人にも優しくなれるのだと思いました。


今回は全員がまた集まれて、共に学べて本当に良かったです。そしてこれが恵まれている事にも気づかされました。当たり前なことではないんだなと。

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