top of page
  • 執筆者の写真: 渡邊 優
    渡邊 優
  • 2020年9月29日
  • 読了時間: 1分

人が成長すること、それは何を言われても平気な心になるわけでもなく、嫌なことが起こらなくなるわけでもなく、どんなことが起こっても一切引っかからない自分になるわけではないんだなと思いました。(今までは思っていた!)


生きていれば嫌な事も、人と交われば不快なことも、思い通りにいかない色んなことが起こるのが人生だと思います。しかし、そんな不快な状態、不機嫌な状態、辛い状態から自分を立て直せるようになること、自分を支えられるようになることが人の成長なんだと思いました。


今思えば不快なことや嫌なことが起こると、いつまでも引きずって誰かに同調してもらうまで自分の気持ちが収まらなかった気もしますし、何かにすり替えないと(人のせいにしたり、お酒を飲んだり、他に楽しいことをしないと)自分が保てなかった気もします。


もしかしたら強い心というのは、鋼の心ではなく、自分を支えられる強さなのかもしれない。

この自己探究という道がどこに続いて、どんなプロセスがあるのかサッパリ分かりませんが、少しづつ少しづつ自分の確かな成長を感じられている今に生命力を感じます。


人が成長し変わること、それは周囲を変え、そして人生を変えるのかもしれない。




 
 
 

最新記事

すべて表示
もう一つのワーク

昔の出来事や自分のしたこと、他人を傷つけたり裏切ったり。 今となっては、その人に謝ろうにも謝ることができないとき、その方があたかも目の前にいると想定して、実際に当時の出来事を謝る。というワークがあります。 最近ふとしたときに、高校のときのことを思い出したり、他人を傷つけたり裏切ったり、自分の思い通りにしようとして、他人を利用したことを思い出します。 「なんてことしたんだ自分は!」と、当時のことを鮮

 
 
 
幸せは外側にはなかった

私は一人暮らしが長いです。 離婚してから22年、ずっと一人暮らしで、時に無性に寂しくなることがあります。 そんな時、昔は友人と飲みに行ったり、一人でキャバクラに行ったりしていました。 しかし、いつの日か気づいたんです。全然寂しさが消えないと・・・ キャバクラに行ったり、外側で心の寂しさを埋めようとすればするほど、虚しさの方が勝ってくるのです。むしろこうしてブログを書いたり、ワーク(語りかけ)をする

 
 
 
パターンか「私」か

黒パターンか「私」か、無意識か意識的か、惰性か主体性か。 自分がどっちに行こうとしているのかを、最近よく考えます。 黒パターンや無意識や惰性は今まで通りなので、そこに困難さはありません。寧ろ欲や甘えであったりと、黒パターンからすれば楽な道です。しかし「私」や意識や主体性には理性や意志力が必要となるので、慣れていない分困難です。 そこで思い出すのが、私はどう在りたいのかです。 パターンで生きたいのか

 
 
 

コメント


この投稿へのコメントは利用できなくなりました。詳細はサイト所有者にお問い合わせください。

​人成道

〒253-0033 神奈川県茅ヶ崎市汐見台

©2019 by 人成道. Proudly created with Wix.com

bottom of page