• 渡邊 優

自立するということは、自由になることだと思います。

誰の評価を気にするわけでも、誰からの承認もいらない、自分の理解だけあればよい。

そのような自分の世界を生きていける自由があるのだと思います。


誰からも理解を得られないことに少しの不安を覚えるかもしれないし、誰からも賛同されないことに迷いが生まれるかもしれない。しかし、自分のやりたいことに対して誰の理解や賛同が必要なのだろう?

最初の一歩の背中を押してもらいたい?君なら大丈夫だと自信がつく言葉をかけて貰いたい?否、関係ないでしょう。自分を生きるということはそういうことではない。自分で自分の背中を押せばいいし、自分を前に進めて少しづつ自信もつけていけばいい。そこに他人はいらない。


それでも他人からの評価でパターンが引っかかる時もあり、思い通りにならない時にもパターンが引っかかりと、でもその時はまたワークをやって自分を楽にしていけばいい。

そこに、自由があるのだと思いました。


全てが思い通りになる自由ではなく、自分で自分の面倒を見ていける自由。

新たな自由の発見です。

最新記事

すべて表示

決める、ということがとても大事だと実感しています。 決められずにあれこれ考え、悶々としている時間が一番心身に不健康なのだと思いました。 しかしそこを経ないと、自分が本当にどうしたいのかがわからないのも、この私という人間なんだと思います。 それゆえに、これもパターンであったな、と思いました。 毎回思うのですが、一つのパターンを超えると一つ視野が広がり、見える景色も感覚も変わってきます。そして以前の自

自分に嘘をつく、ごまかす。 これって、すごいシンドイことなんだと思いました。 人間って本当によくできていて、自分を誤魔化しながら生きれるようにはできていないのだと思います。きっとそれを続けると、体を壊したり、心を壊したり、精神を病んだりするのだと思いました。 私は今一つの交差点に立っていて、どちらに行くかと悩んでいます。 色々なパターンがごちゃごちゃになって、今しっ散らかっている状態ですが、答えは

自分の思考を観察していると、正しいか間違いか、損か得か、そういった物差で物事を判断しているように思いました。正しく、得であれば良い決断で、間違っていて、損であれば悪い決断として結果を判断しているのだと思います。要は自分にとっての、正しくて得する決断に執着しているのだと思いました。きっと成長とは、この結果に執着しないことなのだと思います。言い換えるならば、自分の間違いも損も受け入れられるということで