top of page
  • 執筆者の写真渡邊 優

昨日は今年最後の茅ヶ崎グループの勉強会でした。

最後にふさわしい良い学びができました。得にパターンに対しての捉え方は、今一度腹に落とし込むには最高の学びとなりました。

「パターンはあって良いもの、それと共に生きて行かれればいい」

この言葉を仲間のMさんから聞いた時、スッと心が軽くなったのを覚えています。私の黒パターンは自分の中にあるドロドロしたパターンを恥ずかしいものと捉えがちです。それはドロドロしたものを他人に見られたとき、きっと白い目で見られたり引かれたりするだろう、ジャッジされるだろうとパターンは捉えているのです。そうすると勿論、自分の内面を隠したがるし、本心でものを言えなくもなります。しかし、「ドロドロしたパターンはあってよいもの、自分という人間の中には恥ずかしいところは何もない」こう捉えた時、救われたという気持ちは勿論のこと、誰にでもこれを持ってもらいたい、そんな風にも思いました。


人間とは弱い存在です。過ちも犯すし、間違いや失敗もします。いつでもどこでも完璧で正しい人間なんて存在しない。できることといえば、間違いながら、失敗しながら進んで行き、そんな不完全な自分を許していく事だけなのしれない。


今日も一つ一つ、自分のパターンを許していこうと思います。

最新記事

すべて表示

あっぶね!パターンだった

この一週間、パターンを調教するにあたって戦い続けてきたわけですが、それが、パターンがパターンを調教していたということがわかりました。「自分は弱い」というパターンに対して、「強くならなければいけない」というパターンが戦っていたわけです。先生に教えてもらいました。 朝起きていきなり戦っていたわけですから、通りで朝からイライラしていたわけです。 そして改めて本当の「私」の立ち位置、スタンスを改めて確認し

やり続ける、それが普通になるまで

自分を見ていて思うことがあります。 パターンは強いなと。元来黒いエネルギーなので強いことは強いのですが、思考を乗っ取るほどのパターンの言い訳やら思いは本当にとめどなくあり、黙りなさい等々を連発して都度パターンから私へと意識を戻しています。 それはまるで合戦のようで、私かパターンかの主導権争いです。 ここは負けられない戦いです。優しさでも、理解でも手懐けられなかった私の暴れ馬たち。 今思えば当然かと

自分が嫌い・・

自分が嫌いだというパターン。 もう随分前に語りかけていましたが、今改めて「自分のことが嫌なのか・・」と考えていました。そしてパターンは「自分が嫌い」なのだという思いに至りました。 何で嫌なのかと聞いてみると、弱いところも、バツが悪い自分を隠すところも、そうやって保身で生きているところも、堂々と出来ずに虚勢を張るところも、そんな自分がパターンは嫌なんです。 本当は堂々と生きたいし、自分に尊厳を持ちた

コメント


コメント機能がオフになっています。
bottom of page