• 渡邊 優

許しとは、について考えていました。

自分に対してこうあるべき、というものが強ければ他人にもそう思ってしまいますし、今まではこうだったや、普通はこうでしょというものが強ければ、なかなか「許し」というものを体現できないと思います。寧ろ否定や追求の方が実社会では多いかもしれません。しかし人間というのは失敗もするし、年を取れば物覚えが悪くなったり、物忘れもひどくなったり、目も悪くなったり、今まで出来ていた事が徐々にできなくなります。それでも、そんな自分を許していく。それは自分に対して愛の手を差し伸べて救っているような感じがします。

こうやって一つ一つ自分を許して行った時、きっと他人も同じように許せるのでしょう。

きっとそこには凝り固まった固定観念というものはないのかもしれません。それほど自由な感覚があります。


自分を許せる者だけが他人をも許せる。それは誰かを救うことになるのかもしれません。

それほどの深い愛が、許しにはあるのだと思います。

最新記事

すべて表示

喉元過ぎれば熱さ忘れるとは言いますが、本当にそのようで、ワークをして何日かすると、本当に何事もなかったような気分になります。そしてこのワークをするにあたり、ただ自分のパターンをケアするだけではなく、改めて自分のことをちゃんと見つめ、理解し、受け止める。ということだと思いました。 自分を見るというと、最初の頃は自分のあら探しのように悪いところばかりが目につき、自分を見ることに抵抗感を感じていました。

自分を見ていると、自分のパターンのことや特徴がわかってきます。 そしてここがミソなんですが「きっとみんなも同じだろう」という思いも同時にあります。 しかし勉強会やグループで話を聞いていると、決して同じではないことがわかってきます。 人によって全く違う個性があって、取り組んでいる、乗り越えようとしているのもが全く別物なんです。しかし、自分がそうだからきっとみんなも同じだろう・・・これはなんなんだ?と

久しぶりに、ガツンときた・・出来事がありました。 夜も寝つきが悪く、メチャクチャ落ち込みました。 自分一人の問題ではないのでここで書くことは控えさせていただきますが、本当の久々に自分を責め倒しました。自分だけならどうでもいい、どんな罰でも甘んじて受けよう。しかし、関係のない人にまで迷惑をかけたくない、そんな強い思いが自分を責めていたんです。 勿論その後ワークをしましたが、それでも後味の悪い出来事で