top of page
  • 執筆者の写真渡邊 優

見返りを求めるパターンって、ありませんか?

誰かに何かをしてあげたとき、感謝されたいとか、認められたいとか、大切にされたいとか、すごいね!と言われたいとか、自分に自信を持てたり、価値を感じられるような、賞賛という見返りを求めるパターンが私にはあります。しかも、それをもらえないとものすごくムッとします。(こんなにしてあげたのに!なんで自分ばっかり!ずるい!)


しかし他人から一度それを(すごいね!助かるよ!ありがとう!さすがだね!尊敬するよ!など)もらうと、もっともっとと欲しがります。俗に言う、欲しがり屋さん!です。


最近この欲しがり屋さんの存在に気づき、気をつけてウォッチしています。

欲しがる存在があまりにも体に馴染んでいるので、気をつけないとすぐそちらに靡いてしまうんです。特に存在に気づいてからは、欲しがるエネルギーが強くなっているのがわかります。

パターンからしたら、それを貰えなくなるのはきっと死活問題なのでしょう。

生きていけない・・とすぐに言いますからね。


それも理解し、受け止めながら、しっかりと語っていこうと思います。

そこにいて大丈夫だよと。

最新記事

すべて表示

私のこの日記でもちょくちょく出てくる「他人の評価」「他人からのジャッジメント」「他人の裁き」これが嫌というパターンがあります。 パターン的にはこれをされると、何だかバカにされている気がするし、上から目線で見られている気がする、そうであると不快感を抱き、腹が立って、悔しい、とパターンは言います。 そして今選んでいる白パターンが、もう他人の評価に囚われて自分を苦しめるのはやめよう、です。 これは、自分

あっ、これパターンだな・・・と思った時、できるだけ力を抜くようにしています。 そうすると不思議と体だけではなく、心の力も抜けて、身構えていたり、緊張していたり、こうあらねばと凝り固まっていた心のひだが解けていくような感覚になります。 そのままの自分でいいとは、どうにかなろうとしなくていいし、どうにかしようとしなくていいのだと思いました。そのままの自分で、できるだけのベストを尽くせばいいし、ただ手は

誰かの言動に引っ掛かり、パターンが騒ぐ時、相手の中に自分を見ている気がします。 同じパターンを持つ相手に、自分を見ている気がするんです。そう思った時、この相手が何だかわかる気がしました。他人は自分の鏡とはこういうことかもしれません。不思議な感覚でした。 他人を通して自分を知り、自分と他人への理解も深まるのです。 相手を知り、理解することができるのも、黒パターンのお陰だと思いました。 そうやって相手

bottom of page