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  • 執筆者の写真渡邊 優

先日ある人と電話で話していた時に、その方は体を壊してまで仕事をし、更に仕事を拡大しようとしているので「どうしてそこまでしてするの?」と聞いてみました。すると「自分の名前を残したい」と話していました。私は意味が分からず「え?歴史に名前を残したいっていうこと?」と聞くと「ただありがとうと思われたいだけ、死んだ時にそう思ってもらいたいだけだよ」と話していました。その意味がよく分からず、後日先生に聞いたところ、存在意義よ、存在意義を求めているのよと教えてもらいました。渡辺さんもあったでしょ、そういう頃。


うん、あった・・・

私も昔は会社をやって地位を得たり、お金を得たりすることで、自分の存在意義が得られると思っていたのです。自分の存在意義を外に必死に求め、自分が一角の人物になればそう思われる、お金や権力を得て、また他人にもそれらを与えられたら感謝や賞賛を得られて、自分の存在意義が得られる思っていたのです。今思い返すと、他人からそれらを得られた事はありませんでした。どれだけ存在意義を外に求めても、心の渇きが潤うことはなかったのです。


そしてしばらくするうちに、私自身、もうそれを求めなくなっていることに気が付きました。どうしてなんだろうと考えてみると、パターンがそこまで強く存在意義を求めていないことに気が付いたんです。それはなぜかというと、思い当たるのはひとつだけ、それは語りかけへの文言です。


「あなたはあなたのまま、そのままそこにいていいからね、出てきてくれてありがとう」


このパターンを尊重する語りかけが、もっともっとと、自分の存在意義を外に求めなくなってきたのだと思います。そしてパターンは自分のことをそのままで良いと思えるようになり、私自身も少しづつ自分を尊重できるようになってきたのだと思いました。


きっと、以前の私のように心に乾きを感じている人は沢山いて、存在意義を求めて彷徨う方はいるのだと思います。なら尚更、自分で自分を癒し、救うことができることを伝えていきたい。そんなことを思う電話でした。


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