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  • 執筆者の写真渡邊 優

私は以前、パターンに引っかかることを、レベルやミームの低いことだと思っていました。

だから引っ掛かっていることを出来るだけ表に出さずに「私平気です!なんともありませ〜ん!」てな顔をして引っかかっていない素振りをしていました。

私のパターンの描いている成長した世界というのは、白パターンの世界だけで、嫌な気分にならない、いつでも健やかで清々しく、まるで聖人君主のような人間になることが成長だと思っていたんです。


今思うと、何とも背伸びをして無理をしていたんだろうと思います。

自分で勝手にハードルを上げ、自分を追い詰めていたんですね。その後どうなったかというと、引っかからない自分には当然成れず、いつも鬱々悶々として、まるで何かを抱えているような状態でした。理想の自分になれない自分に腹を立て、ストレスを抱き、自分に嫌悪感すら抱いていたんです。


きっと理想の自分になれたら誰からも好かれて、全てが上手くいって、自信を持って楽々生きていけるとパターンは思っていたのでしょう。しかし理想の自分はいつまで立っても理想でしかなく、結局黒パターンの描く理想とは、現実とはかけ離れた自分だったのです。


最近はパターンとは、引っかかっるものだと思っています。語りかけでもそこにいていいといいますしね。だから、消えることはないのだと思います。しかし引っかかってからどうするのか、ここが大切だと思っています。


そのためには黒パターンの意味づけが変化していかないといけません。

黒パターンとは、こだわりが強くて、苦しくて、辛くて、厄介ものという意味づけから、自分への気づきの種や、救いの種、成長の種、許しの種、そう意味づけが変化していけたらいいと思います。


今日も新たな意味づけでパターン達を見ていこうと思います。

引っかかっていい、そこにいていいと。





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