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  • 執筆者の写真渡邊 優

他人との比較は、無意識のうちにしていると思います。

私もそうでした。

他人と自分を比較し、時に自分はまだマシだと思い、安心したりします。

またその逆に、他人の方が優れていると思うと、自分はダメだと思い自己嫌悪に陥ります。

また他人からの評価も同じように、良い評価だと嬉しく優越感を感じ、悪い評価だと凹み自己嫌悪にこれまた陥ります。


そしてその次にやったのが、白パターンとしての、もう他人との比較や評価で自分を苦しめるのはやめよう、を選ぶというものです。その甲斐あってか、少しづつですが、その領域から少し抜けてきた感もあります。(怠るとすぐに戻るので今も選び続けていますが!)


そして最近思うのは、他人との比較や評価に一喜一憂するのではなく、自分はどうありたいのか?そこが一番大事になってくるのでは?と思いました。

それは、誰かの考えや意見ではなく、自分の哲学です。

ですから、他人の理解や承認は必要なく、自分が納得できればいい、そういった自分だけのものとなります。他人は関係ない、自分の人生を生きるとはこういうことだと思いました。

人は他人の目で生きるのではなく、自分の哲学や感性で生きる方が幸せなのかもしれません。

なぜなら、とっても自由だからです。



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