• 渡邊 優

昨日はバレエのレッスン日でした。

緊急事態宣言明けからは前列でのレッスンに変わり、少しずつ慣れては来たものの、まだまだとてもじゃ無いが前に出れるレベルではない。そう自分でも十分理解できる。


クラシックバレエって見た目とは裏腹にかなり激しいスポーツだと思います。相当なアスリート。

見ている分には美しく、まるで蝶が舞うようにヒラヒラヒラヒラと軽やかに舞っているようですが、それを支える筋力と持久力は相当なもの。しかも全てを笑顔で簡単そうに行って見えるのですが、やってみるととんでもない!こんな難しいスポーツ見たこともやった事もない!


音を全部使って合わせるリズム感も必要だし、身体能力も当然必要だし、芸術の要素も必要だし、質の高い人間性も必要と来たもんだ!もうこれだけやってりゃ素晴らしい人間になるんじゃないか?と思わせるほど子供達も礼儀正しい。色んな要素が必要で、そして奥深いバレエ。

最近はそんなバレエの魅力に引き込まれています。

見ているYouTubeもバレエダンサーばかりなってしまいました。(ルーティーン面白い)


どんな世界もそうですが、プロフェッショナルになるには相当な努力が必要で、これからの時代その要素が更に必要になるのではないかと思います。

プロ意識というエッセンスを学びながら、今日も懲りずにストレッチ。




最新記事

すべて表示

もう抗わない

「思い通りにしたい」「思い通りじゃなきゃ嫌だ」「思い通りの自分じゃなきゃ嫌だ」 この私のパターンは、目の前の現実、もしくは現実の自分に抵抗し、抗っているのだと思いました。現実という世界に抗えば抗うほど、苦しさ、悔しさ、もどかしさは強くなり、それはまるで川の流れに逆らって泳ぐかの如く、もがき苦しむようです。 それは時に理想の自分像を追ってみたり、理想の結果を求めてみたりと、現実とは違う、何か理想郷的

夫婦喧嘩は犬も食わない

両親がめっちゃ夫婦喧嘩をしているんですね。 その模様が毎日LINEで父、母の両方から飛んできます。 その二人の内容は、お互い怒りに満ち満ちており、できる限り聞くようにしていますが、その度に私のパターンは騒ぐのです。 特に父に対しては「もっと母に優しくしてほしい」「もっと母を理解してほしい」このあたりが騒いでどうしても母親の肩を持ってしまう。 そうするとイラッとして、腹が立って、三行半をつけてしまう

待つということ

自分を待つ。 自分の成長を待ってあげる。この意味が当初理解できませんでした。 結果と成果が重視される社会にどっぷりと浸かっていた自分には、自分を待ってあげるということがどういうことか理解できなかったのです。 自分の成長、成果、結果をもっと早く手に入れたい。 そのあまりに慣れ親しんでいたパターンは、何事にも行動が必要で、努力があって、それに対する目に見える結果という対価が必要だと信じていたのです。