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  • 執筆者の写真: 渡邊 優
    渡邊 優
  • 2021年3月15日
  • 読了時間: 1分

久しぶりに怪我をしました。昨日のサーフィン中に膝を捻ってしまい、膝の靭帯を損傷したのです。

症状といえば、痛みはそれほどでもないのですが、膝がカクッと抜けてしまうという初めての経験で、何が起こった?というのが第一印象でした。当然歩行に支障をきたすので本日病院に行ってきましたが、膝を固定するギブスを装着しました。これが不自由で不自由で、特にトイレ!膝を曲げずにトイレをするのが結構難しいのです。膝を伸ばしたまま便座へ座る、という少々アクロバティックな姿勢で用を足すのです。それ以外は寧ろギブスをしていたほうが痛みはないので有難いです。


そして膝の関節の模型を使って先生に怪我の説明を受けました。膝ってすごい。お皿があって、軟骨があって、靭帯があって、そこで体重を支えている。完璧な作業をしているのがわかりました。体の仕組みってきっと凄いのだと思います。内臓にしろ脳にしろ、完璧に何かの仕事しているのだと思います。さすが神が似せて創っただけのことはある!


しかし大人になってからのギブスって、何だか大袈裟のように感じて恥ずかしいです。

少しの間足が不自由ながらも家で出来ることをしていこうと、色々考えを回らしております。

 
 
 

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