top of page
  • 執筆者の写真渡邊 優

「思い通りにしたい」「思い通りじゃなきゃ嫌だ」「思い通りの自分じゃなきゃ嫌だ」

この私のパターンは、目の前の現実、もしくは現実の自分に抵抗し、抗っているのだと思いました。現実という世界に抗えば抗うほど、苦しさ、悔しさ、もどかしさは強くなり、それはまるで川の流れに逆らって泳ぐかの如く、もがき苦しむようです。


それは時に理想の自分像を追ってみたり、理想の結果を求めてみたりと、現実とは違う、何か理想郷的なものを求めるから苦しくなる。

パターンはまるで、空想というファンタジーの世界を求め、そこで生き続けようとしているみたいです。きっとパターンに思考を支配されているとき、この世界にいるのかも知れません。

そして、抗うことが困難だとパターンが悟った時に、逃避へと変わる。

幾度となくこれを繰り返してきたのを思い出しました。


でもこれって、目の前の現実、もしくは現実の自分自身を受け止めていないからだと思うのです。

パターンからしたら、現実の自分をみるとがっかりして傷つくからなのか、目の前の現実を受け入れると負けた感があるからなのか、その時々で違うとは思いますが、大体こんなところではないかと思います。


もう抗わない。

それは現実を現実として受け止め、ただ理解することだと思いました。

抗わないで生きる生き方。新たな発見です。

最新記事

すべて表示

それもアリ

やっちゃった。間違えた。失敗した。 そんなことってあると思います。以前の私は、失敗しないよう、間違わないように必死に守りを固めていた節がありました。それは「怒られたくない、失敗して白い目で見られたくない」というパターンですが、間違っちゃった自分や、やっちゃった自分も、それはそれでアリだと思えるのは、なんだか心に余裕があっていいと思います。 パターンにとって恥ずかしいことでも、どんなに情けないことで

あっぶね!パターンだった

この一週間、パターンを調教するにあたって戦い続けてきたわけですが、それが、パターンがパターンを調教していたということがわかりました。「自分は弱い」というパターンに対して、「強くならなければいけない」というパターンが戦っていたわけです。先生に教えてもらいました。 朝起きていきなり戦っていたわけですから、通りで朝からイライラしていたわけです。 そして改めて本当の「私」の立ち位置、スタンスを改めて確認し

やり続ける、それが普通になるまで

自分を見ていて思うことがあります。 パターンは強いなと。元来黒いエネルギーなので強いことは強いのですが、思考を乗っ取るほどのパターンの言い訳やら思いは本当にとめどなくあり、黙りなさい等々を連発して都度パターンから私へと意識を戻しています。 それはまるで合戦のようで、私かパターンかの主導権争いです。 ここは負けられない戦いです。優しさでも、理解でも手懐けられなかった私の暴れ馬たち。 今思えば当然かと

ความคิดเห็น


ปิดการแสดงความคิดเห็น
bottom of page