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  • 執筆者の写真: 渡邊 優
    渡邊 優
  • 2024年12月12日
  • 読了時間: 2分

最近小鳥が私の家のベランダによく糞をしていきます。

まったく〜、と思いながら掃除をするのですが、ここのところは運を運んできてくれているのでは?と思うようになりました。運がいいとは、以前のように良いことが起こるとかではなく、自分に気づいていられることが、自分にとってのいいことだと思っています。パターンの思考からパターンの持つ思い、それに気づいていられることです。


しかし巷では気づかないでいられるアイテムが山ほどあります。

テレビにSNS、ユーチューブ、アニメや漫画、それらに夢中になり、自分への意識が逸れてしまいます。意識が逸れるだけでなく、寧ろパターンを満たすものの方が多いとも思います。


私のプライドというパターンもそうで、プライドというのは一種の甘えでもあります。

なぜならプライドとは一人では成り立たないからです。他人からの称賛や羨望、その他にも良い家に良い車、育ちや家柄、学歴、職歴、地位、権力、見た目、そのようなものでプライドを満たしたり、もしくは支えたりと、自分で自分を支えられないから、何かに頼るというものです。

きっと目指すところは、それらがなくても自分自身でいられることです。


糞の話から随分と逸れてしまいましたが、今朝もそんな糞を掃除しながら、お〜今日も運がいいな〜と思いつつ、自分に目を向けていこうと思うのでした。

 
 
 

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