top of page
  • 執筆者の写真: 渡邊 優
    渡邊 優
  • 2021年10月5日
  • 読了時間: 1分

最近自分に対する「諦め」というのを感じています。

それは自分の体力的な問題、年齢的な問題、初老が見え始めたという現実を踏まえた、思い通りにならない自分に対する諦めです。


しかしそれは決して投げやりになるわけでもなく、もうやめる、完全に諦めるというものでもありません。現実の今の自分を踏まえた上で頑張ろうというものです。

その頑張り、努力自体は自分のできる範囲でやり、現実的な努力をするというもので、そこには年齢という体力的な問題もあるし、限界もある。また自分の個性という得手不得手がある中で、諦めながらも自分なりの最大の努力をしていこうというものです。


ですから、できない自分がダメだとも思わないし、今の自分でいくしかないと思っています。

そんな自分に対するあらゆる諦めを感じています。


私もいつの間にか上の世代になり、こうして諦めていくものが少しづつ増えていくのだと思いました。そして若い世代が活躍し初めて交代していく、これも自然なことなのだと思います。

 
 
 

最新記事

すべて表示
あれこれ言われていい

私の強い黒パターンに、「あれこれ言われたくない」というパターンがあります。なぜなら自分は正しいし、分かっていて、できているからというもの。 一言でプライドとも言えますし、生意気とも言えます。そんな生意気なパターンでいたとき、ふと「もういい加減言われたくないよ、言われなくなる時は来るのか!」と不満が込み上げました。その時どこからか聞こえた声が「そう思わなくなったときだよ」と言われた気がしたのです。

 
 
 
パターンを抑圧してた

自分は随分パターンを抑圧してきたんだな〜と、考えていました。 いつまでもパターンに引っかかっているようではダメだとか、パターンはいけないもの、パターンでいた自分はダメだなど、これらのパターンでいたから、パターンを変えようとし、抑圧していたのです。 そもそも、パターンとは勝手に反応するもので、それがパターンだと教わりました。 ということは、パターンを抑圧しない、自由に反応させてあげるのも、こちら側の

 
 
 
自分は間違っていた

最近、昔はこうだったよね、前はああだったよね、と言われる機会が多く、そのたびに自分は正しい、わかっている、できているというパターンがショックを受けています。パターン的には、ガラガラと崩れる瞬間です。 そして分かったのは、自分は大きく間違っていたということです。 それまでは、パターンでいたことに、パターンで行動していたことに、無自覚でいました。言われて初めて気づく衝撃でしたが、自分のことを、自分が一

 
 
 

コメント


この投稿へのコメントは利用できなくなりました。詳細はサイト所有者にお問い合わせください。

​人成道

〒253-0033 神奈川県茅ヶ崎市汐見台

©2019 by 人成道. Proudly created with Wix.com

bottom of page