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  • 執筆者の写真渡邊 優

認められたい……というパターンがあるのだなと思う。


一人前のカウンセラーだと認められたい、どんな自分でも丸っと認められたい、なぜなら、他人に認められれば、自分に自信を持てたり、自分に価値を感じられたり、もう傷つくことのない安心できる世界へ行ける、何があっても楽勝で生きていけると、パターンは思っています。それを得たいと、パターンの渇望を感じます。


それは、仕事で自分の価値を上げたり、立場で自分の価値を作ったり、お金を持つことで自信に繋がると思っていました。

しかし、パターンの求めるそれはエンドレスであったのです。心の渇きは満たされることなく、寧ろもっともっとと求めるだけでした。パターンは今もそう。


そして今思うのは、この乾いた心でいたいのか、新たな心として違うものを選び、潤いを感じる心でいたいのか。それは、パターンが求める潤いではなく、元々あるものとしての別の在り方です。他人に満たしてもらうものではない、自分で育てていくもの。


本当の私はどうありたいのか。

もう、自分で育てていこうと思う。

なぜならそれが、一番やりたいことだと思えるから。

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